もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

上杉謙信の腹筋崩壊「腹筋に候」の原文を見てみよう

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上杉謙信像(上杉神社蔵) Wikipediaより



 

【目次】

 

 

 

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上杉謙信公の手書き文字のフォントです) 

 

もじのすけです。          

 

  

1 上杉謙信が「腹筋崩壊」? 

 

今日は久しぶりの上杉謙信ネタです。

 

今でもたまに使われる「腹筋崩壊」。

この言葉が戦国時代に使われていたことを知っていますか。

 

あの有名な上杉謙信が「腹筋崩壊」という意味の言葉を使っていたんですよ。正確には「腹筋に候」という言葉です。パッと見ると「ふっきんにそうろう」と読みたくなるところ。ですが正しい読み方は「はらすじにそうろう」です。

 

「腹筋に候」の意味は「腹がよじれるほど笑える」です。今の「腹筋崩壊」と変わりません。前後の文脈によっては、あざけり笑い、ののしり笑いのニュアンスが入る場合もあります。この点も現代と全く変わりませんね。

 

 

 

 

2 結構知られている「腹筋に候」

 

実は、この「腹筋に候」、ネット界では2年前に流行したキーワードなのです。まとめ記事はこちら。

matome.naver.jp

 

 

 

このまとめ記事にも書いてありますが、流行したきっかけは、乱会さんのツイッターのこのつぶやきからです。

 

今もなお、たくさんの人に使われています。

twitter.com

 

乱会さんが引用された画像は、黒田基樹先生の「戦国関東の覇権戦争 北条氏VS関東管領・上杉氏55年の戦い」(歴史新書y 洋泉社 2011年)のP202と思われます。

 

 

 

 

3 上杉謙信が書いた「腹筋に候」の意味

 

それでは、上杉謙信は一体どんな意味で「腹筋に候」(腹がよじれるほど笑える)と書いたのでしょうか。

 

乱会さんが引用した画像の元の文章から読み取ってみましょう。

ちなみに私は、同じ本の文庫版である、黒田基樹先生の「関東戦国史 北条VS上杉55年戦争の真実」(KADOKAWA 角川ソフィア文庫 2017年)のP191から読み取りました。

 

 

上杉謙信は、問題の書状を書いた当時、北条氏政と対立していました。上杉謙信は、北条氏政下野国に関して争っていた佐竹氏に合戦で敗退したことを指して、このように書状に書いたのです。

加様に東方の衆(佐竹氏ら)にさえ出合い、敗軍せしめ候、増して愚(謙信)の越山に旗を合わすべきか、腹筋に候 

黒田基樹著「関東戦国史 北条VS上杉55年戦争の真実」(KADOKAWA 角川ソフィア文庫 2017年)P191

 

ざっくり現代語に訳してみましょう。

 

(もじのすけ勝手訳。誤訳御免) 

このように、東方の佐竹勢との戦にさえ負けてしまっている。(このありさまでは)まして私(上杉謙信)が越山(越後国から山を越えて攻め寄せること)したときに戦でわたりあえるのか、腹がよじれるほど笑える。

 

これはどうでしょうか。かなり上から目線ですよねえ。上杉謙信は、北条勢だけでなく、当時そんなに仲良くなかった佐竹勢のことも軽くディスって(けなして)いますよね。プライドの高い上杉謙信の性格が浮き彫りになってきます。

「腹筋に候」は、上杉謙信が使うと実に勇ましいですね。豪快に笑い飛ばす姿が目に浮かんできます。

 

 

 

 

4 本当に上杉謙信は「腹筋に候」と書いたか

 

ここでみなさんにちょっと考えていただきたいことがあります。

 

本当に上杉謙信は「腹筋に候」と書いたのでしょうか?

 

「ちょっと待って。流行したくらいなんだから、それは書いたでしょうよ。」と思われた方。本当に自信をもってそう言えますか?

 

ネットで探してみましょうか。

私のこの記事が出た後は変わるかもしれませんが、たとえば「腹筋に候」をグーグルで検索し、画像を表示すると、こんな感じになります。

 

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見てください。乱会さんが引用した黒田基樹先生の本のページが出てくる程度です。その他はあまり関係がなさそうな画像が並んでいます。

 

私もこのような検索情報だけで判断するならば、乱会さんが画像で引用した黒田基樹先生が著書で書いておられるから大丈夫だろう、としか言いようがないです。

 

結論から言うと

上杉謙信が「腹筋に候」と書いたことは事実 

だと私も思います。

 

「おいおい。それなら、もじのすけは、どうして人を不安にさせるようなことをわざわざ言うんだ。」と思われた方がいるかもしれません。

 

それに対する私の答えはこうです。 

「ネット上の情報は、往々にして原典が見えないまま情報が拡散しています。たまにはネット上にある情報を疑ってかかって、原典を確認してみるのも面白いですよ。」

 

 

5 上杉謙信が書いた「腹筋に候」

 

じゃあ、今回の原典は何なのか。それは下の画像の書状です。

厳密には、原本でないと原典とは言えないかもしれませんし、書状の字が上杉謙信の自筆なのかどうかも大事なチェックポイントです。ですが、ここではそこまでの厳密さではお話ししません。

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上越市史 別編1 上杉氏文書集一 別冊(編集:上越市史編さん委員会 発行:上越市。平成15年)P96、P97 文書1139)

(原本は米沢市上杉博物館蔵) 

 

「小さいし、文字多いし。腹筋はどこよ?」という疑問の声が聞こえてきそうです。該当部分を拡大します。

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これでも読みにくいと思いますが、とにかく進みましょう。

 

1行目は「氏政逃入之由申候」から始まります。

 

 

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みなさん、これが上杉謙信が書いた「氏政」です。「氏」の横幅が広くて太いですね。

 

 

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「氏政逃入之由申候」

(もじのすけ勝手訳。誤訳御免)

氏政が逃げたことを申し上げました。

 

 

そして、いよいよ問題の部分が始まります。ここからは、①釈文、②書き下し文、③現代語訳、④原文の順で記載します。

 

①釈文は、「上越市史 別編1 上杉氏文書集一」(編集:上越市史編さん委員会 発行:上越市。平成15年)P515を参考にさせていただきました。

②書き下し文は、先ほどの黒田先生の文章を引用します。

③現代語訳は、先ほどの、もじのすけの勝手訳です。

 

 

それではいきますよ~!

 

 

①加様ニ東方之衆ニさへ出合

②加様に東方の衆(佐竹氏ら)にさえ出合い

③このように(北条氏政は)東方の佐竹勢と合戦をして

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①令敗軍候増而愚之

②敗軍せしめ候、増して愚(謙信)の

③負けてしまっている。(このありさまでは)まして私(上杉謙信)が

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①越山候ニ可合旗歟

②越山に旗を合わすべきか

③越山(越後国から山を越えて攻め寄せること)したときに戦でわたりあえるのか

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そしてついに!

①腹筋ニ候

②腹筋に候

③腹がよじれるほど笑える。

 

 

これです!

 

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筋 

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ニ候

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腹筋に候

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どうでしょうか。素直な印象としては「う~ん、正直読みにくいな。微妙。」と思った人がいるかもしれませんね。

 

 

 

 

ですがあきらめずによく見てください。腹筋(はらすじ)の「筋」をもう一度出します。

 

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ちょっとぼやけていますが上の方に点がちょこんと2つ打ってあるのが見えますか?

これは「筋」の「たけかんむり」部分です。なぞってみるとよくわかりますが、「たけかんむり」をこんなに「肋」から離す必要はないでしょう。しかも、「竹」の部分の左右の2つをつなぐ感じもありません。右の点はかろうじて竹の形を表していますが、左の点は「・」に近いレベルです。

 

この書き方から見ても上杉謙信が「フン、北条氏政なんてチョロいもんよ。ハイ、チョンチョン。たけかんむりね。『肋』もサラッとね。」と見下している感じが表れていると思います。

 

腹をねじって力強く笑うというよりは、息を吹くように北条氏政をあしらっている感じが伝わってきます。

 

もう少し見てみましょう。「筋ニ候」のカタカナの「ニ」「候」が小さい。「ニ」は小さく書くことはよくあります。それにしても「候」はあまりに小さすぎます。

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上杉謙信が「ハイハイ、北条氏康の子どもの氏政さんね。佐竹に負けて逃げたけど、あんなことで私と戦えるのかねえ。ハイ、おつむテンテン(と、たけかんむりを書いて「肋」を書いて)、フー(息を吹いて「ニ候」を書く)」くらいに見下していた感が伝わってきます。

 

ためしに、該当部分をなぞってみたり、黒田基樹先生の書き下し文を声に出して読み上げてみてください。印象が一層強く伝わってきて面白いですよ!

 

考えてみれば印象が強くなるのは当たり前です。書き言葉とはいえ、上杉謙信が脳内に思い浮かべた言葉を、みなさんがそのまま追いかけてなぞったり、発音したりして、約450年後のみなさんの脳内にじっくり再生する訳なのですから。

 

音読用にどうぞ

加様に東方の衆にさえ出合い、敗軍せしめ候、増して愚の越山に旗を合わすべきか、腹筋に候 

黒田基樹著「関東戦国史 北条VS上杉55年戦争の真実」(KADOKAWA 角川ソフィア文庫 2017年)P191のカッコ書きの部分を削除しました。

 

 

 

上杉謙信は誰を「腹筋に候」としていたのか。

それは佐竹勢に負けた北条氏政です。北条氏政の弱さをバカにしていたわけです。

 

上杉謙信はその気持ちを誰に伝えていたのか。

この書状の宛名は、会津蘆名氏の外交僧である遊足庵淳相です。上杉謙信は、蘆名氏に各地の情勢を伝えるときに、北条氏政を見下すこんな感情を示していたのです。

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その他にも、上杉謙信は書状の前半で北条氏政をディスり(けなし)まくっています。達筆な字でサラサラ、サラサラと。よく見ると「信長」「家康」の名前も何度も出てきます。当時越中に出陣していた上杉謙信は、武田信玄に対抗するために織田信長徳川家康との連携を強めていました。そのことがこの手紙からうかがえます。

信長

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家康

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1つ目の余談です。この年(元亀4年、天正元年)は大事件が続きました。4月に武田信玄が死去、織田信長は7月に室町幕府を滅亡させ、8月に朝倉氏を滅ぼし、間もなく浅井氏も滅亡。これで上杉謙信織田信長の支配地の境界が近づき、激突の日が少しずつ近づいていきました。

 

2つ目の余談です。上杉謙信の後継者である上杉景勝も、1582年、織田信長本能寺の変で倒れた直後から始まった天正壬午の乱のさなかに、同じ遊足庵淳相に手紙を送ったことがあります。

その手紙では、上杉景勝は、自分と対峙した後に進路を変え、南下していった北条氏直を「臆病者」とけなしています。

上杉景勝にとって、長尾景虎御館の乱上杉謙信の後継者の座を争ったライバル。その長尾景虎の実家である北条氏は敵です。上杉景勝北条氏直をけなすのは無理もないのですが、きつい言い方が上杉謙信を彷彿とさせます。

 

 

6 上杉謙信の「腹筋に候」のニュアンス

 

みなさんは上杉謙信の手書き文字の「腹筋に候」を見て、どのように感じられたでしょうか。「腹筋に候」の存在を以前から知っていた人の方が、上杉謙信の手書き文字でのニュアンスに意外性を感じたのではないでしょうか。

 

「腹筋に候」(はらすじにそうろう)

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言葉としては腹をよじって力強く笑う感じです。ですが、上杉謙信の手書き文字はもっと脱力した感じで、北条氏政をサラッと見下しているニュアンスでした。

 

このように手書き文字には、活字では伝えきれないニュアンスが含まれています。

 

今回の記事で、上杉謙信の武将らしい厳しい口調を感じていただくとともに、活字にはない表現の豊かさが手書き文字にはある、と感じ取っていただけたのであれば、とても嬉しいです。

 

 

7 次回の予告

 

前回の記事(「電子書籍(電子媒体)と本(紙媒体)の違い(4) 新聞に書き込みしてみた②」)では、「電子媒体上の活字が隆盛を極める今日、衰退している紙媒体の手書き文字をむしろ活性化させるため、3つ目の提言をする」と宣言していました。

 

mojinosuke.hatenablog.com

 

なぜか、提言3の記事を書いている最中に気分が変わり、今回は上杉謙信の腹筋崩壊記事にしました。理由はありません。単なる気まぐれです。

次回は予定どおり「手書き文字を活性化させる提言第3弾」をお話ししたいと思います。

 

今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。 

 

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