もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

文字と音の違い③ ~「とらわれの聴衆」事件から~

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【目次】

 

(冒頭の作品)

Taūs (mayuri)
Date:19th century
Geography:India
Culture:Indian
Medium:Wood, parchment, metal, feathers
Dimensions:W. 45 1/2 × D. 5 7/8 in. (115.5 × 15 cm)
Classification:Chordophone-Lute-bowed-fretted

Taūs (mayuri) | Indian | The Met

 

 

 

 

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もじのすけです。

 

前回は「音は消え、文字は残る」というお話をしました。

 

前回の記事はこちら。 

mojinosuke.hatenablog.com

 

前回の記事の終わりにはこんなことを書きました。

音がいつまでも残ったら頭がおかしくなりそうだという話は、さきほどしましたね。

 

それでは、文字はどうでしょうか。みなさんが見ている文字がいつまでも残っていたら・・・。

 

事実として、文字は残っていますよね。みなさんは視界に文字が入ったら、どうですか?ずっと気になりますか?

 

実際には、そんなに気にならないのではないでしょうか。たとえば、電車に乗っている人が「車内広告の文字がしんどくて頭がおかしくなりそう」となることは、あまりないように思います。

 

「文字が残っていることがそんなに気にならない。」その理由はあります。

 

ということで、今回は「音が残ったら気になるのに、文字が残ったら気にならない」という理由について、音と文字の性質から考えてみたいと思います。

 

1 「とらわれの聴衆」事件

 

みなさんは、「とらわれの聴衆」事件という裁判があったことを知っていますか。今年4月から民営化された大阪市営地下鉄の車内放送が問題になった事件です。

 

地下鉄の車内で聞きたくない商業宣伝放送を聞かされた乗客が、精神的苦痛を被ったとして、大阪市を相手にして、地下鉄車内での商業宣伝放送を止めることと、慰謝料を求めた事件です。

最高裁判所まで争われたようです。

下は裁判所の公式HPです。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面 

車内放送はこんな感じだったようです。

市営地下鉄の列車内における商業宣伝放送は、業務放送の後に「次は○○前です。」又は「○○へお越しの方は次でお降りください。」という企業への降車駅案内を兼ね、一駅一回五秒を基準とする方式で行われ

 

乗客の人は、よっぽど聞きたくなかったのですね。「電車に乗ったら聞きたくなくても動けないじゃないか!ただでさえしんどい通勤の時間は心地よくすごしたい!必要が無いものは聞きたくないんだ!」という心の叫びが伝わってきそうです。

 

ということで、この事件の名前は「とらわれの聴衆」事件となっています。

 

裁判所の判断はこんな感じでした。

    主    文
  本件上告を棄却する。
  上告費用は上告人の負担とする。
    理    由
 上告代理人中島馨、同山元真士、同井上隆彦、同木村清志、同藤井郁也、同戸田満弘、同青野秀治、同出水順、同堀野家苗、同山根宏、同釜田佳孝の上告理由について
 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人の運行するD鉄道(地下鉄)の列車内における本件商業宣伝放送を違法ということはできず、被上告人が不法行為及び債務不履行の各責任を負わないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も、失当である。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

下線は本文にはありません。もじのすけが引きました。

これを見ると乗客が負けたということのようです。大阪市が行う地下鉄車内の宣伝放送を止めさせることはできないし、慰謝料も取れなかった、ということです。

要するに「ガマンしてね」ということです。

 

 

わかりやすく解説したサイト(「リラックス法学部」さん)はこちら。

info.yoneyamatalk.biz

 

伊藤正己裁判官は、補足として意見を述べていて、結論を出した理由に触れています。

 

乗客の「他者から自己の欲しない刺戟によつて心の静穏を害されない利益」はプライバシーの利益として重要だが、「公共の場所」ではある程度はがまんしなければならず、

この程度の内容の商業宣伝放送であれば、上告人が右に述べた「とらわれの聞き手」であること、さらに、本件地下鉄が地方公営企業であることを考慮にいれるとしても、なお上告人にとつて受忍の範囲をこえたプライバシーの侵害であるということはできず

ということだそうです。

 

ガマンしないといけないということのようです。

私は特に気にしていませんが、気になる人がいるのもわからないではありません。

 

時代が変わって最近では、むしろ地下鉄の車内で快適な音楽を流そうとする動きもありますね。

東京メトロ日比谷線の車内で、今年の1月からヒーリング音楽やクラシックが試験的に放送されています。

news.livedoor.com

 

体験した方の動画はこちら。 気になった方は聴いてみましょう。

www.youtube.com

 

私は気になりません。もともとJR東日本の発車音も好みですし、どちらかといえばメロディが流れてほしい方ですし。

日比谷線のBGM放送。直接聴いたことはないので一度は聴いてみたいです。

 

 

ともあれ、「とらわれの聴衆」事件は、次のことを暗に示しています。

 

「私たちが暮らしている中で、音は耐えがたいときがある。」

 

まず、音量の問題があります。今回の地下鉄で流される音が、クラシックやヒーリング音楽だとしても、例えば爆音で流れたらどうでしょうか。また爆音でなくても、自分の趣味に合わない曲が延々と流れたらどうでしょうか。おそらく、かなり不快な気持ちになると思います。

 

音の性質から考えてみてください。

音が消えるからこそまだガマンできるのですよね。

そこでもし音が残存する性質をもっていたらどうでしょうか。

 

5秒ではなく、一旦発生した音がずーっと残っていたら・・・。音がどんどん残りながら積み重なっていったら・・・。まさに「とらわれの聴衆」として、どうしようもなく、しんどくなるのではないでしょうか。

音がそんな性質をもっていたら、最高裁判所の結論は変わっていたかもしれませんね。

 

 

2 車内広告の文字

 

「とらわれの聴衆」事件では、地下鉄の車内の放送に商業的な宣伝放送を聞かされることが問題になっていました。

 

ところが文字の場合、すでに地下鉄の車内では商業的な宣伝であふれています。車内のつり広告、貼り広告、どこを見ても、どこかに文字が入っています。

 

でも、私たちはあまり気に留めていません。見る人は見るし、気にしない人は気にしません。

 

この違いはどこからくるのでしょうか。

 

 

3 文字と音の違いは「空間占有率」

 

「音は消え、文字は残る」という性質があります(「音の消失性」「文字の残存性」)。

 

仮定の問題として、そして音も文字も残ってしまうとしたとき、頭がおかしくなりそうになるのは音の場合だけ。 

 

さらに現実の問題として、「音は消え、文字は残る」としても、地下鉄の車内で気になるのは音の方だけ。

 

一体この違いはどこから来るのでしょうか。

 

私たちの目や耳という感覚器官への届き方でしょうか?

 

・・・それは違うと思います。

音は音波となって私たちの耳に届きます。文字も光の波として私たちの目に届きます。音も文字も、「波として私たちの感覚器官に届く」という性質は変わりません。

 

 

「私たちの目はまぶたでカンタンに閉じることができるけれど、耳はカンタンに閉じることができない」からでしょうか?

 

・・・目や耳という感覚器官の性質に関連するという意味では正解に近いと思いますが、やはりこれも違うと思います。

 

 

それでは正解は何か?

 

私が思う正解は「空間占有率」です。

 

文字は視界という空間のほんのわずかな一部しか場所を取っていません(ほとんど占有しません)。

これに対して、音は一定の空間で放射状に音が広がり、影響力を及ぼしています(占有しています)。

 

地下鉄車内の宣伝広告の文字はごく一部です。さらに、見たくないなら目をつぶってもいいですし、顔の向きを変えてもいい。立ち去らなくても視界から文字を避けることができます。

 

これに対して、音は一定の空間に広がります。地下鉄の車内放送であれば、車内に行き渡ります。

 

私はこの記事の下書きを書いているときにはドトールにいました。

よく耳を澄ましてみると色んな音が店内に広がっています。

・店員さんが氷を取り出す音

・店員さんがソーサーとソーサーを重ねる音

・ステンレスの業務用機械のふたを閉じる音

・エアコンの音

・各種機械のモーターの音

・BGM

・スプーンをまとめて並べる音

・レジのボタンを打つ音

・お客さんの話し声

・店員さんがビニール袋を取り扱う音

・外の車の音

・コーヒーカップを並べる音

・「こんにちは」「いらっしゃいませ」の声

コーヒー店内では、私が気づいただけでもこれだけの音が入り乱れて広がっています。私たちは、このようにたくさんの種類の音を無意識のうちに耳から取り入れています。

 

文字はというと、たくさんの文字が視界の中のあちこちにあるかもしれません。ですが、視界全体から見れば、ごくわずかな一部にしか存在していません。

 

つまり文字と比べると、音の方が圧倒的に空間を占有しているのです。

 

文字の場合とは違い、音は私たちが思っている以上に私たちの生活空間を占有しています。そして、私たちの耳は、目のまぶたのように簡単にふたをして閉じることができません。

 

「文字は残り、音は消える」

 

音は消えるが「空間占有率」が高い。だから私たちの心身に影響を与えやすい。

文字は「空間占有率」が低いものの、残存する。だから、私たちが文字を読もうとしたときには影響力が大きい。

 

文字もさりげなく視界に入りますし、残り続けるので、知らず知らず影響を受けているという点では要注意ではあります。

ですが、音は消えるとはいえ、その空間占有率の高さからすると、影響力は大きく、かなりの注意が必要かもしれませんね。

 

今回は文字と音の違いとして

「空間占有率」

のお話をしました。

 

 

それでは今日もおつかれさまでした。

 

 

 

 

 

 

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Glassichord
Maker:Chappell & Co.
Date:ca. 1815
Geography:London, England, United Kingdom
Culture:British
Medium:Wood, gilt, ivory, gilt-bronze, glass
Dimensions:L. of table: 151.4 cm (59 5/8 in.)
W. of table: 63.5 cm (25 in.)
H. of table: 74.3 cm (29¼ in.)
L. of drawer: 55.9 cm (22 in.)
Depth of drawer: 54.6 cm (21½ in.)
Classification:Idiophone-Struck-bar-glass

Chappell & Co. | Glassichord | British | The Met

 

 

 

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 上杉謙信の手書き文字から作った

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