もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

文字と絵の境目(12) 織田信長の花押は本当に麒麟の「麟」なのか(2)

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【目次】

 

(冒頭の作品)

Tea Bowl with Decoration of Standing Cranes
Artist:Kiyomizu Rokubei I (Japanese, 1737–1799)
Period:Edo period (1615–1868)
Date:mid- to late 18th century
Culture:Japan
Medium:Stoneware with inlaid design (Kyoto ware)
Dimensions:H. 3 3/4 in. (9.5 cm); Diam. of rim 3 7/8 in. (9.8 cm); Diam. of foot 2 1/4 in. (5.7 cm)
Classification:Ceramics

https://www.metmuseum.org/art/collection/search/58854?searchField=All&sortBy=relevance&where=Japan&ft=stamp&offset=0&rpp=20&pos=16

 

 

1 織田信長の花押は麒麟の「麟」

 

こんにちは。もじのすけです。

 

今回も花押のお話です。

 

花押というのは、署名(サイン)の代わりに使用される記号・符号のことです。

要するに「自分を表す記号・符号」であって「名前の文字とは限らない」ものです。 

 

花押の中でも戦国時代の

織田信長の花押 は特に有名です。

 

前回の記事では織田信長の花押を紹介しました。

 

mojinosuke.hatenablog.com

 

 

織田信長は時期によって花押を何度も変えています。

前回はその中から1つの花押を採り上げました。

 

これが織田信長の花押です。

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書の日本史〈第9巻〉古文書入門,花押・印章総覧,総索引

平凡社 初版 昭和51年)P246。以下何度か引用します。



前回の記事を読んでいない方のために

ご説明しますと、

この花押は、

麒麟(キリン)の 麟(リン)

の字を表したものだと言われています。

 

みなさんは

この花押を見てどう思いましたか。

 

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「うーん。。。

 パッと見では『麟』かどうか

 わからないけど、

 世間で『麟』と言われているなら

 そうなのだろう。」

 

どうですか。

みなさんはこんな感想を

お持ちではありませんか。

 

私も初めは同じ感想でした。

 

 

話が飛びますが、もう1つの花押を見てください。

幕末の重要人物、勝海舟の花押です。

 

それがこちら。

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織田信長の花押と勝海舟の花押を並べてみましょう。

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左)織田信長   右)勝海舟

 

 

どうでしょうか。

似ている感じがしませんか。

 

もじのすけは、

似ていると思っています。

 

 

 

2 「麟」だと最初に言った人

 

織田信長の花押と勝海舟の花押を

もう一度並べてみましょう。

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左)織田信長   右)勝海舟

もじのすけ以外にも

この2つの花押が似ている

と思った人がいます。  

 

それは日本中世史の大家

佐藤進一先生です。

 

佐藤進一先生は

この2人の花押を見て、

「似ている」と思いました。

 

そして

その佐藤進一先生が

信長花押「麟」説の創始者

となりました。

 

織田信長の花押は「麒麟」の『麟』。

 よく知らないけど前からそう思ってた。」

そんな人はいませんか。

 

あらためてネットで調べたり、

現実世界で見聞きしてみてください。

織田信長の花押は

 『麒麟』の『麟』と言われている」

と説明されていることでしょう。

 

「と言われている」・・・・。

 

私が調べた限りでは 

唱え始めたのは佐藤進一先生です。

織田信長花押「麟」説は、

佐藤進一先生のお考えから

始まったことなのです。

 

佐藤進一先生は、

織田信長の花押と勝海舟の花押を見比べ、

似ていると思った結果

このようにお考えになりました。

 

【佐藤進一先生の思考ルート】

Ⅰ 織田信長の花押を見たが

  何の字かよく分からない。

    ↓

Ⅱ 織田信長の花押が勝海舟の花押と

  似ていると思った。

    +

Ⅲ 勝海舟の花押は「麟」だ

    ↓

Ⅳ Ⅰの織田信長の花押も「麟」だ

 

佐藤進一先生が著書で

このお考えを示された部分は

こちらです。

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「増補 花押を読む」(佐藤進一 平凡社 2000年)P156、P157 

 

なんと、

佐藤進一先生ご自身も最初は

織田信長の花押が「麟」だ

とは読めなかった。

そして、

勝海舟の花押を見て

「麟」だと気づいた、というのです。

 

 

 

3 織田信長花押は「麟」なのか?

 

 

私には、素朴な疑問があります。

批判を恐れず、申し上げましょう。

 

 

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  織田信長の花押(再掲)

 

 

この織田信長の花押は、本当に「麒麟」(キリン)の「麟」(リン)の文字なのでしょうか。

 

 

リンってこんな字ですよね。

「麟」

 

それと

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見比べてみてどうですか?

似てますでしょうか。

 

 

2020年NHK大河ドラマは、

麒麟がくる

明智光秀を主人公にしています。

www6.nhk.or.jp

 

麒麟」とは誰を指すのでしょうね。

明智光秀と言えば織田信長の家来。

織田信長は有力候補でしょう。

 

有力候補である根拠は、もちろん

織田信長の「麟」と言われる花押

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でしょう。

 

ですが、

織田信長の花押が

麒麟」の「麟」でない

としたら?

 

これは大問題かも?!

 

 

 

 

 

4 織田信長花押「麟」説の疑問点

 

 4-1 勝海舟花押を「麟」とするのは疑問

 

佐藤進一先生の

織田信長花押「麟」説の

疑問点を挙げていきましょう。

 

佐藤先生の思考ルートを

もう一度挙げます。 

 

【佐藤進一先生の思考ルート】

Ⅰ 織田信長の花押を見たが

  何の字かよく分からない。

    ↓

Ⅱ 織田信長の花押が勝海舟の花押と

  似ていると思った。

    ↓

Ⅲ 勝海舟の花押は「麟」だ

    ↓

Ⅳ Ⅰの織田信長の花押も「麟」だ

 

このルートのどこに疑問があるのか。

見ていきましょう。 

 

Ⅰ 織田信長の花押を見たが

  何の字かよく分からない。

これは佐藤先生の経験なので否定できません。

私もよく分かりませんでした。

 

Ⅱ 織田信長の花押が勝海舟の花押と

  似ていると思った。

これも佐藤先生の経験なので否定できません。

というか、私も似ていると思いました。

織田信長の花押と勝海舟の花押は「同じ字」。

私もそうではないかと思っています。

 

Ⅲ 勝海舟の花押は「麟」だ

     ↓

Ⅳ Ⅰの織田信長の花押も「麟」だ

ここに2つの疑問があります。

 

まず1つ目。

Ⅲ 勝海舟の花押は「麟」だ

本当にそうでしょうか。

 

 

佐藤先生の考えはこちらです。

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「増補 花押を読む」(佐藤進一 平凡社 2000年)P156、P157 

 

抜粋して読み込んでみます。

勝海舟の花押は、彼が維新後、静岡に退隠中、門屋村名主等に渡した請状に押署されたもの(白鳥家文書)。

これは明らかに「麟」の字の草体の下半部を左右に開いた形であって、彼の通称「麟太郎」にもとづくと見てよいであろう。

 

これが怪しい。

 

請状は、ある程度形式を整えた文書です。

請(け)状(ウケジョウ)とは - コトバンク

白鳥家文書の文脈にもよりますが、

村の名主などに渡した請状に

勝麟太郎の通称・幼名を使うでしょうか。

 

また、明治期の勝海舟の書いたものをみると

「海舟」と書いたものは見られます。

ですが、少なくとも

十分すぎるほど大人になった明治期に

「麟太郎」の「麟」の字を用いたものは

見当たらないように思われます。

 

勝麟太郎」+「詩」の画像検索

勝麟太郎 詩 - Google 検索

 

勝海舟の詩」

勝海舟の詩のようなのですが、 - 正しい字の並びと意味を教えていただきたいです... - Yahoo!知恵袋

 

勝海舟の自画像」

勝海舟自画像 - 国立国会図書館デジタルコレクション

 

 

このように

勝海舟は「海舟」の文字を使うのみです。

勝海舟は請状よりくだけた書類でさえも

「麟太郎」を感じさせる文字は

使っていません。

 

 

さらに、

ぜひとも書家の先生方に

確認していただきたいのですが、

 

どうも

f:id:mojinosuke:20181011225857p:plain は

「麟」の草書体の下半部を平げたものとは

読めなさそうです。

 

書家の先生や書道をされている人で

そのように読めると

おっしゃった方は

今のところ1人もいません。

 

他にもたとえば、

木簡字典・電子くずし字字典 [共通検索システム]

で「麟」の字を入れて検索し

画像を見てください。

全然似ていません。

 

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書家の先生でこれを麟の下半部を

左右に開いた形だという人がおられたら

是非ご指摘ください。

 

 

 

このように

佐藤進一先生の

これは明らかに「麟」の字の草体の下半部を左右に開いた形であって、彼の通称「麟太郎」に基づくと見てよいであろう。

 との記述は疑問です。

 

つまり、

佐藤先生の説の

Ⅲ 勝海舟の花押は「麟」だ

はハッキリ言って疑問です。

 

 

 4-2 織田信長の花押に似た花押

 

 

さらに、佐藤先生の思考ルートの

Ⅲ 勝海舟の花押は「麟」だ

     ↓

Ⅳ Ⅰ織田信長の花押も「麟」だ

のうち後半の

Ⅳ Ⅰの織田信長の花押も「麟」だ

 も怪しいです。

 

佐藤先生の御著書の

織田信長の花押の部分を再び挙げます。

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「増補 花押を読む」(佐藤進一 平凡社 2000年)P157 

 

 

織田信長の花押に似た花押がありますので

それをご紹介しましょう。

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書の日本史〈第9巻〉古文書入門,花押・印章総覧,総索引

平凡社 初版 昭和51年)P232

 

見比べてみてください

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似てませんか。 

 

 

他にもあります。

同時代の今川義元の花押です。

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書の日本史〈第9巻〉古文書入門,花押・印章総覧,総索引

平凡社 初版 昭和51年)P250

 

 

見比べてみてください

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f:id:mojinosuke:20181025234557p:plain

 

似てませんか。

 

今川義元の花押は「麟」とは思えません。

今川義元の花押の変遷を示しましょう。

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書の日本史〈第9巻〉古文書入門,花押・印章総覧,総索引

平凡社 初版 昭和51年)P250

 

 

 

4つ並べてみましょうか。

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ここでは詳しく述べませんが、

飯尾之清の花押や今川義元の花押は、

足利将軍の花押の影響を受けています。

 

足利将軍の武家様の花押や

今川義元の花押は「麟」ではありません。

 

この点は過去の記事で

北条義時の花押までさかのぼって

説明しています。

お時間のある方は

こちらをごらんください。

mojinosuke.hatenablog.com

 

 

5 織田信長の花押は「麟」ではない

 

ということで、

勝海舟の花押は「麟」ではないのではないか

織田信長の花押は今川義元や飯尾之清の花押に似ている

今川義元の花押は「麟」ではない

 

でしょう。

 

【2020年2月26日時点のもじのすけ註】

この記事を書いた時には

今川義元織田信長勝海舟の花押の文字を

「義」としていたのですが

一度撤回して保留します。

現時点では「麟」ではない、という結論に

留めておきます。

 

 

いくら佐藤進一先生が偉い先生でも

違うものは違うと思いますので

はっきり主張させていただきます。

 

佐藤進一先生は亡くなられました。

一度お目にかかって

お話ししたかったなあ・・・。

 

今回はこのくらいにしておきましょう。


 

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茶碗 朝鮮
Tea bowl decorated with chrysanthemums and wavy lines
Period:Edo period (1615–1868)
Date:ca. 1700
Culture:Japan
Medium:Clay, pitted; thick, whitish crackled glaze; decoration in blue (Mino ware, Shino type)
Dimensions:H. 2 5/8 in. (6.7 cm); Diam. 5 in. (12.7 cm)
Classification:Ceramics

https://www.metmuseum.org/art/collection/search/58851?searchField=All&sortBy=relevance&where=Japan&ft=stamp&offset=0&rpp=80&pos=13

 

 

 

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