【目次】
- 1 前回の記事からの続き
- 2 書き込み本の読者のメリット
- 3 須藤元気(書き込む人)のメリット
- 4 書き込み本の元の著者のメリット
- 5 書き込み本の出版社にとってのメリット
- 6 書き込み本の書店にとってのメリット
- 7 社会的・文化的なメリット
(冒頭の作品)
Key
Date:15th century
Culture:German
Medium:Iron
Dimensions:Overall: 2 5/8 x 13/16 x 3/8 in. (6.7 x 2.1 x 1 cm)
Classification:Metalwork-Iron
Credit Line:Gift of Henry G. Marquand, 1887
もじのすけです。
今回は、「書き込み本(落書き本)を作ると、いろんな人にメリットがありますよ」というお話をしたいと思います。
1 前回の記事からの続き
前回の記事では、衰退しつつある手書き文字の復権のために、「落書き本(書き込み本)を作ろう」という提言をしました。
(註:「落書き本」というと気軽に思える反面、茶化した印象もあるので、この記事では「書き込み本」として解説します。)
前回の記事はこちらです。
この記事の中で、京都大学の元総長である平澤興の書き込み本をご紹介しました。
ご紹介した本の実際の書き込みを実際に見てみましょう。こんな感じです。
例1
例2
例3
(いずれも森信三・平澤興ほか著「現代の覚者たち」 (致知選書 致知出版社 2011年)の初版本
ちなみに、この書き込みをした平澤興はもう亡くなっています。
1963年(昭和38年)京都大学総長を退官し同大学名誉教授。その後も京都市民病院院長、京都芸術短期大学学長など数多くの公職を歴任した1989年6月17日、心不全のため京都市内で歿。
先ほど挙げた画像は、亡くなった人(平澤興)の書き込みがある本でした。「書き込み本を作る」にあたっては、書き込む人は過去の人物である必要はないです。今生きている人がこれから書き込んで作るのがよいでしょう。
例えば、こんな例を思い浮かべてください。
須藤元気が、誰かの本を読んだときに、書き込みをしたとしましょう。そして、その書き込みの跡がついた本を捨てずに、誰かに譲るとします。その本を開けてみると、活字の文章に須藤元気氏の手書きの線や手書き文字が入っています。その書き込み本を画像データにして、本として出版したり、電子書籍化する、というわけです。(【注意】出版に当たっては、本の元の著者と須藤元気氏の承諾が要るのはもちろんです。)
他にも、こんな例が考えられます。
ヤクルトの元捕手の野球解説者である古田敦也が、同じく元捕手・野球解説者の野村克也の野球解説本に書き込みをしたり、元ロッテ、中日、巨人の落合博満が誰かの野球解説本に書き込みをしてもいいです。
他にも、林修や、ジャニーズの嵐の櫻井翔や、京大卒芸人のロザンの宇治原史規が、定番の参考書や問題集の大事なところに線を引いたり、問題を実際に手書きで解く。そしてその書き込みごと出版する、など。
もちろん書き込むのはこの三人に限りません。勉強が嫌いな人にしてみれば、自分が好きな有名人が書き込んだり、解いたりした参考書や問題集なら、いつもと違って見えるはず(?)。その有名人と共同作業をするかのように思えて、勉強も頑張れるのではないでしょうか。
今回の記事では、みなさんに
須藤元気が誰かの本に書き込みをする
という架空のケースを想定してもらいます。
この架空のケースをもとに話を進めていきましょう。
「書き込み本(落書き本)」を作ると誰が喜ぶのか。実は、いろんな人にとってメリットがある ということを、立場ごとに説明していきます。
それでは、読者、須藤元気(書き込む人)、元の著者、出版社、社会的な意義の立場に分けて、それぞれのメリットを検討していきましょう。
Gifts of the Ebb Tide (The Shell Book) (Shiohi no tsuto)
Artist:Kitagawa Utamaro (Japanese, ca. 1754–1806)
Period:Edo period (1615–1868)
Date:probably 1789
Culture:Japan
Medium:Woodblock printed book (orihon, accordion-style); ink, color, mica, and gold-leaf on paper
2 書き込み本の読者のメリット
まずは、読者の立場で見てみましょう。須藤元気が本に書き込みをしたもので、メリットを受けるのは、どんな読者でしょうか。
結論を先に言います。メリットを受けるのはこんな読者です。
・元の著者の主張と須藤元気の主張の両方を味わいたい人
・須藤元気の書き込み方をじっくり味わいたい人
・須藤元気が書き込んだその本のエッセンスだけ読みたい人(時間が無い人)
読者はふつうにその本を読むこともできる上に、「須藤元気が考えるその本のエッセンスも味わえる」ということです。
本の著者があまり有名でない場合を想像してみてください。そのような場合によくあるのが、本に帯がつき、その帯に有名人の推薦文が書かれているケースです。例えば、販売促進で有名人である須藤元気が本の帯で推薦文をつけることがありえます。
でも、よく考えてみてください。
読者にしてみれば、帯で須藤元気に「推薦します」と大雑把に言われても抽象的すぎませんか? どこがおススメなのか、イマイチわからないでしょう。帯の推薦文よりも、ホリエモンが実際に線を引いたりして、書き込んだ本の方が面白いです。
書き込み本だと、須藤元気の書き込みをよく見つめることによって、元の著者自身でさえも気づいていない良い記述を見いだせるかもしれません。
また、元の活字と、手書き文字や手書き線の書き込みとは、明らかに見比べやすく、元の著者と須藤元気の対談を読んでいるような気分になるかもしれません。元の本よりは明らかに情報量が増しているので、読む方にとっては良いことが多いでしょう。
もちろん「私は須藤元気のことが好きではない。」「須藤元気に特に思い入れは無い」という人もいることでしょう。そういう人は書き込みがない普通バージョンの本を買えば良いでしょう。
そのほかにも、「須藤元気は好きではないけど、才能は認める。私は忙しくてこの本を全部読む時間が無い。須藤元気が直感的に線を引いたこの本のポイントだけが知りたい。」という人もいることでしょう。そういう人は、書き込みがあるバージョンの、書き込み部分をメインに速読すればいいでしょう。時間的コスパが高いですよ。
要するに 書き込み本は
①著者の主張も須藤元気の意見も両方読める
②書き込みぶりを見て、著者の主張に対する須藤元気の意見のエッセンスを味わえる
③須藤元気の意見だけを読むなら読む時間を短縮できる
読者としては、一石三鳥です。
読者にとって書き込み本のメリットを、一言で表すと
情報量が満載で読む価値が上がる です。
3 須藤元気(書き込む人)のメリット
次に須藤元気(書き込む人)のメリットを考えてみましょう。
須藤元気(書き込む人)にとって一番のメリットは、
「ちょっとの手間で本が出せる」 です。
須藤元気(書き込む人)は自分で本を書く必要はありません。他人の本に書き込むだけです。
超楽チンです。
万が一、字が汚くても、自分の字に自信が無くても大丈夫。線を引いたり、記号を書き込めばよいだけです。
これまた超楽チンです。
須藤元気にしてみれば、ふだん自分が読み込んで書き込んだ本を捨てずに、ドンドン出版社に譲れば良いわけです。元の著者の承諾と印税の割合さえ決まれば、須藤元気は自分の書き込み本を量産して出版できることになります。出版しない場合でも、最低でも書き込み本がプレミア中古本として高値で売れるでしょう。
これははっきり言って、儲かるでしょう。
ほかにも有名な人になると出版の可能性や書き込み本の価値は高まるでしょう。たとえば・・・
ソフトバンクの孫正義、王貞治、羽生善治、イチロー、村上春樹、ビートたけし、タモリ。日本人だけではありません。
外国人も考えられますよ。ローマ法王、エリザベス女王陛下、メッシ、クリスチアーノ・ロナウド、ビル・ゲイツとか。
印税の割合、出版の可能性は、書き込む人の知名度・人気によって変わってくるでしょう。
いずれにしても書き込み本は、有名人にとって手間のかからない収入源になるでしょう。
4 書き込み本の元の著者のメリット
次は元の著者の立場で考えてみましょう。
元の著者があまり有名でない場合に書き込み本を作ってもらうと、一体どんなメリットがあるのでしょうか。
そのメリットは明らかです。
有名人である須藤元気(書き込む人)に書き込んでもらうことで、帯の推薦文以上のバックアップを受けることができます。
書き込み本では、元の著者が書いたところは活字になっています。他方、須藤元気(書き込む人)が書き込んだところは手書き文字・線・記号になっています。そうすると、どこを誰が書いたか区別がはっきりしていて、読者から誤解されることはありません。
また、有名人である須藤元気の書き込みから、自分の文章に対する須藤元気の具体的な感想を読み取ることができます。
それでは、元の著者も有名人である場合は、どうなるでしょうか。
こちらの場合も元の著者にメリットはあります。
「有名人である元の著者の文章+有名人である須藤元気の書き込み」ということで、ますます本の魅力度が上がります。
このように、有名かどうかを問わず、元の著者にとって書き込み本は売れやすくなり、印税収入が増えるというメリット があります。
5 書き込み本の出版社にとってのメリット
出版社の立場から見ると、書き込み本はどんなメリットがあるでしょうか。
出版社の事情しだいで本が出版できるかどうかが決まるのですから、これはとても重要な視点です。
まず、有名人の書き込みが入った本は、オリジナル本よりも単価を高く設定できるようになります。
出版社にしてみれば、もともと出版している本やこれから出版する本について、須藤元気(書き込む人)に書き込んでもらうことになります。その書き込み本を須藤元気の著書だとみるとどうでしょうか。有名人である須藤元気の本を一から作り上げなくてよいので編集の手間がかなり楽になります。
書き込みをするのが、須藤元気以外の有名人であっても大丈夫です。万が一、字が汚いなど、自分の字に自信が無い有名人であっても、記号や線だけの書き込みをお願いすれば良いので、書き込みをとても依頼しやすいです。
すでに出版されている本に有名人である須藤元気の書き込みをしてもらう場合には、あまり売れずに埋もれた過去の出版物でさえも掘り起こせます。
また、書き込み本を出版するに当たり、コスト面を計算すると、紙の本としての出版が難しい場合もあるでしょう。しかし、その場合でも、レイアウトの変更が利かないPDF版の電子書籍として出版することが可能です。
要するに、書き込み本は新たな出版に比べると、本の単価を上げることができる上に、遙かに低コストで編集・出版ができ、自社のこれまでの出版物の掘り起こしもできます。著作権に関しても元の著作者と須藤元気(書き込む人)の権利調整をすればよいだけであり、メリットは計り知れません。
応用としてこんなことも考えられます。
同じ本を対象にして、須藤元気だけでなく、個性的な有名人たちが別々に書き込みしてみるのも面白いです。
翻訳本とかで翻訳者に注目して、「誰々訳〇〇」という本はありますよね。古文なら「谷崎潤一郎訳源氏物語」(通称「谷崎源氏」)や「瀬戸内寂聴訳源氏物語」(通称「寂聴源氏」)など。書き込み本は、それらの書き込み版です。
「誰々書き込み版〇〇」という本を出版すれば、本のバリエーションが豊富になります。有名人ごとの書き込み方を見比べれば、それぞれの個性が見えてきて、面白いでしょう。
低コスト・少ない手間で単価を上げた個性的な本が出せる
これが書き込み本の出版社にとってのメリットでしょう。
The Colors of Spring (Haru no iro)
Artist:Kitagawa Utamaro (Japanese, ca. 1754–1806)
Period:Edo period (1615–1868)
Date:preface dated 1794
Culture:Japan
Medium:Woodblock printed book; ink, color, and metallic pigments on paper
Kitagawa Utamaro | The Colors of Spring (Haru no iro) | Japan | Edo period (1615–1868) | The Met
6 書き込み本の書店にとってのメリット
書き込み本は、書店にとってメリットでしょうか。デメリットでしょうか。
私はメリットになると思います。
多くの人は「そうかなあ。『書き込み本』なんて聞いたことがないし。そんな本が、どうして書店で売れるの?」と思うことでしょう。
『書き込み本』というジャンルが確立していないのですから、そんな本が売れているところは想像しにくいでしょう。それももっともな話です。ですが、まあ理由だけでも聞いてやってください。
みなさんもよくご存知のとおり、全国の書店の経営状況は厳しいです。
現在、出版不況といわれ、紙の書籍の販売量が年々落ち込んでいます。書店の数も減ってきています。かくいう私も、書店で本を買うことが少なくなりました。新刊本も中古本もネットで購入する場合がほとんどです。
書き込み本が読者にとって一石三鳥のメリットがあることは、先ほどお話ししました。情報量が満載で読む価値が上がるということです。
ですが、せっかくの書き込み本もネットで買われてしまえば、書店にとってはメリットはありません。
他方で、私はごくたまに書店に行くと、テンションが上がり、本を買いまくります。なので、本は好きですし、書店が嫌いなわけでもありません。そんな人は多いでしょう。
それでは、書店は一体どうやったら、お客さんに本を買ってもらえるのでしょうか。
家の中やスマホで電子書籍を購入したり、紙の本を注文する人を書店に誘い出す方法は、正直なところ、思い浮かびません。電子書籍と違い、紙の本はかさばるし、重い。それなのに、書店は、紙の本を買ってもらい、持ち帰ってもらわないといけません。
お客さんにそこまでしてもらうための、書店の強みは何か。
お客さんにしてみれば、買おうと思った本の周りにたくさんの本が並んでいて、気にならなかった本まで気になってくる。そして思わず手にとって買ってしまう・・・。このような本の並びの視認性の高さは書店の強みでしょう。これはそのとおり。お客さんが知らなさそうな魅力的な本のラインナップを揃える書店員さんの目利き。これもそのとおり。
ですが、それよりも確実な書店の強みがあります。
それは 紙の本を手にとって読めること です。
須藤元気の書き込み本でいうと、元の著者の活字の部分は、電子書籍でも紙の本でも文字に表された情報の質にそれほどの違いはありません。ところが、須藤元気の書き込み部分は違います。
先ほどの平澤興の書き込みを見て、須藤元気の書き込み部分を想像してみて下さい。
例1
書き込んだ線の太さ、細さ、引きぶり、書き込みの雰囲気・・・。これらは電子書籍では読みにくいです。紙の本で手にとって見た方が圧倒的に読み取りやすい。
なぜなら、書き込み自体が、紙の本に書き込んだものですから。
つまり、書き込み本は、書き込みからニュアンスが読み込めるところに大きな価値があります。紙の書き込み本の方が、須藤元気の書き込みを手にとって見つめやすく、味わうのに適している、ということです。
ということで、書き込み本の販売は、電子書籍よりも紙の本の方が向いている。したがって、書店の立場で見ると「書き込み本は書店でこそ売りやすい」というメリットがあります。
セールスのやり方として、書き込み本の書き込みを、特定の書店や、特定の店舗のお客さんのために書いたら、どうでしょうか。まさにその書店限りのオリジナル本として、付加価値を付けることだってできますよ!
ということで、書き込み本は、書店にもメリットがあります。
7 社会的・文化的なメリット
今日では、多くの人がパソコン・タブレット・スマホで画面を長時間見ています。この状態は、「活字離れ」というよりも、むしろ「活字まみれ」といえるでしょう。そのことについて触れた記事はこちらです。
正確には、今日は「電子媒体上の活字まみれ」の状態であり、「電子媒体上の活字」の隆盛の時代といえます。
その反面、手書き文字も、紙媒体上の活字も、衰退しています。
以前から使っている「文字の歴史的な流れの図」で表すとこのようになります。
もじのすけとしては、このような手書き文字の苦境を打開し、むしろ発展させるための提言をしてきました。
それが
その他にも、まだ提言扱いにはしていませんが、ⅲ)「紙媒体の文字の引用」があります。その引用の記事では、手書きの手紙のアップロードや、活字の本のアップロードをして、電子媒体上で引用して加工する方法を提示しました。
さらに、ⅳ)新聞への書き込みも提示しました。
その上での今回の提言は、ⅴ)書き込み本(落書き本)でした。
それでは、ⅴ)書き込み本(落書き本)によって、先ほどの図のどこが活性化するのでしょうか。みなさんも考えてみてください。もう一度図を示します。
書き込み本は活字と手書き文字が混じった本ですよね。もともと活字が並んだ文章に直接書き込まれた原本やそのコピーの本や電子書籍が出来るわけですから、まず活字に関して検討すると、この3つが活性化します。
(3)①活字の本の原本、(3)②活字の紙への写し、(3)③活字の表示の電子媒体
そして、手書き文字に関して検討するとこの3つが活性化します。
(1)①手書き文字の紙の原本、(1)②手書き文字の紙への写し、(1)③手書き文字の表示の電子媒体
どうでしょうか。
活字も手書き文字もあわせると、要するに 全部が活性化します(笑)。
ということで、これまでの提言や活性化とあわせて、今回の書き込み本(落書き本)による変化を図に書き込むとこうなります。
今までのこの状態が・・・
こうなります。
書き込み本(落書き本)は、紙・電子媒体上の手書き文字・活字の両方を発展させる方法だということがわかります。
ということで、書き込み本(落書き本)は、読者、元の著者、書き込む人、出版社、社会のどの立場に立ってもメリットがあり、みんなが楽しめる手段といえましょう。
たくさんの書き込み本が出版されればいいな、と心から思っております。
一応ここまでの記事のつながりの参考のために、リンクを貼り付けておきます。記事の題名を順番に見ていくだけでも、話の流れが見えてくるかもしれませんね。
7 文字と媒体の関係(1)と(3)中間まとめ ~手書き文字の衰退~
10 手書き文字の発展〔提言2〕将棋ソフトの駒の字は棋士が書け
12 電子書籍(電子媒体)と本(紙媒体)の違い(2) 紙媒体の文字の引用
13 電子書籍(電子媒体)と本(紙媒体)の違い(3) 新聞に書き込みしてみた①
14 電子書籍(電子媒体)と本(紙媒体)の違い(4) 新聞に書き込みしてみた②
16 手書き文字の発展〔提言3つづき〕落書き本(書き込み本)を作るメリット(今回)
長文になりました。これくらいにしておきましょう。
おつかれさまでした。
桐蒔絵竹細工色紙箱
Basketry Box for Square Calligraphy Paper (Shikishibako) with Paulownia
Period:Edo period (1615–1868)
Date:early 17th century
Culture:Japan
Medium:Lacquered bamboo basketry with gold hiramaki-e
上杉謙信の手書き文字から作った
「けんしんフォント」無償公開中
【ダウンロードはこちら】
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http://mojinosuke.hatenablog.com/entry/2017/04/06/130000
定期的に読んでいただけると嬉しいです。
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