もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

手書き文字と活字の違い(14) ~活字が表す情報③~

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【目次】

 

 

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もじのすけです。

 

1 前回までのおさらい

 

今回は、

~活字が表す情報③~ と題して、

感情以外の情報で

活字にのっているものを

検討したいと思います。

 

前回までのおさらいです。

 

・活字には、

 毛筆・硬筆の手書き文字ほどの

 情報量がない

・活字の情報量を増やすには

 どうしたらよいか検討してみよう

 

そもそも活字にはどんな情報が

 載っているのだろう

・活字には弱いながら感情情報が

 あるようだ。他には?

 

・公共性のある活字を使っているので

 ①話題の公共性を示す書き手の意図

・それと

 ②文字(活字)に表れた情報の存在感。

 (例えば「富士山」「神様」

  と書かれた紙は踏み難い。)

 ただし、文字そのものから存在感が

 出ているとは言いにくい

 

・次回は、活字の匿名性と

 ③書き手の存在感について

 検討してみよう

以上です。

 

それではさっそく

・活字の匿名性

・活字の場合の③書き手の存在感

について

検討してみましょう。

 

 

2 ③書き手の存在感(活字の匿名性)

 

 2-1 手書き文字の書き手の存在感 

唐突に例を挙げます。

 

こんな場合を想像してみてください。

 

拾った人あてに手書き文字で

何か書いてある雰囲気の紙を、

道ばたで見かけた。

 

どんなことを思いますか。

 

私なら、

その手書き文字の紙を見たとき、

「誰が書いたのだろう」と思います。

 

忙しくて時間が無いときは、

「誰かが書いたものだろう」と

一瞬だけ思います。

そして、

「関係ないから気にしない。」

と判断して無視します。

 

みなさんはいかがでしょうか。

 

紙や広告に

何か意味ありげに書いてある

手書き文字が視界に入ったら。

 

どんなに忙しい場合であっても、

「誰かが書いたのだろう。」とか

「誰かが書いた文字がある。」と、

瞬間的に、しかもほぼ無意識的に

感じ取るのではないでしょうか。

 

負担感があるので

文字や文章まで読むことは

しないことが多いとは思いますが。 

 

ここで言いたいのは、

「手書き文字が視界に入ると、

 手書き文字の書き手の存在を

 漠然と感じ取る」

ということです。

 

この存在感が

③書き手の存在感 です。

 

この「書き手の存在感」について

書いた記事はこちら。

興味と時間がある方はどうぞ。

mojinosuke.hatenablog.com

この記事の中で

書き手の存在感について

書いた項目はこちらです。 

http://mojinosuke.hatenablog.com/entry/2017/02/16/190000#2書き手の存在感

 

 

ここまでは、

手書き文字には

書き手の存在感がある、

というお話でした。

 

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 2-2 活字の書き手の存在感

 

手書き文字に

書き手の存在感があるとしても、

活字の場合には

どうなるでしょうか。

 

汚い言葉ですみませんが、

もし、

活字で「ウンコ」と書かれた紙が

地面に落ちていたらどうでしょう。

 

踏みたくないと思われた方は、

文字に表れた情報の存在感を

感じ取っていることでしょう。 

 

文字に表れた情報の存在感

http://mojinosuke.hatenablog.com/entry/2017/05/11/160000#3文字活字で示された情報の存在感

 

みなさんはどうでしょうか。

踏むかどうかは別として、

不快に思うと同時に、

「『誰が』こんなものを書いた?」

と疑問に思ったりしませんか。

 

その疑問のきっかけになるのが

活字にわずかながらに存在する

「③書き手の存在感」

だと思います。

 

活字は、

読みやすさを追求し、

読みにくさの原因となる

クセをできるだけ排除し、

書き手の存在感を

あえて消そうとしています。

 

その結果、活字の場合には

書き手の存在感がほぼ無い、

という状態になる。

 

実際に、 

活字で書かれた匿名の文章だと

誰が書いた文章か、

すぐにはわからないでしょう。

 

これを「活字の匿名性」といいます。

 http://mojinosuke.hatenablog.com/entry/2017/02/16/190000#2-2活字の匿名性

 

このような「活字の匿名性」により、

活字には

書き手の存在感が

「ほぼ」「なくなる」

という状態になります。

 

しかし、

「ほぼ」「なくなる」ということは、

逆に言うと、

活字には

「書き手の存在感が、

 わずかながら『ある』」

ことになります。

  

つまり、

活字の場合

活字の匿名性によって

③「書き手の存在感」は

弱まるものの、

わずかながらに「ある」

ということになります。

 

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3 まとめ

 

今回までの話をまとめます。

 

活字には、

弱いながらも感情情報がありました。

手書き文字と活字の違い(12) ~活字が表す情報~ - もじのすけ の文字ブログ

 

活字には

弱い感情情報の他に

以下のものが載っています。

 

①「話題の公共性」を示す書き手の意図

手書き文字と活字の違い(13) ~活字が表す情報②~ - もじのすけ の文字ブログ

 

②文字(活字)に示された情報の存在感

手書き文字と活字の違い(13) ~活字が表す情報②~ - もじのすけ の文字ブログ

 

③活字の匿名性によって弱まりつつも

 わずかながらにある

 「書き手の存在感」

 → これが今回の記事でした。 

 

 

どうでしょうか。

「これを検討して

 何の意味があるの?」

と思われたかもしれません。

 

このところ 

記事が連続したり、長かったりで

忘れている方がいるかもしれませんが、

今は

「活字の情報量の増加

を検討している最中です。

 

実は、

活字の「③書き手の存在感」は、

検討をもう少し深めることによって、

新しいものを提案できそうです。

 

つまり、

活字の情報量の増加に関して

その新しいものを提案するために、

このブログで、順を追って

説明しています。

 

次の項では、

順を追った説明の1ステップとして

文字についての

いくつかの概念の話をします。

 

今回の記事は

その概念のご紹介をして

終わることにします。

 

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4 文字の出現性・客体性・時間性

 

活字にはわずかながら、

そして

手書き文字にはしっかりと、

③書き手の存在感 がありました。

 

その③書き手の存在感の根底には、

文字の時間性・身体性があります。

 

文字の時間性・身体性というのは、

文字の上に

書き手の

「書く・打つ動作の時間の流れ」や

「書く・打つ動作の身体の動き」が

表れているということです。

 

われわれは文字を見るときに、

書き手の書く・打つ動作の

時間の流れや身体の動きを

感じ取ります。

そのことを通じて、

③書き手の存在感

感じ取っているのでしょう。

 

ちなみに

活字ではありませんが

手書き文字の時間性・身体性

について書いた過去記事はこちら。

時間があればどうぞ。

手書き文字の時間性・身体性 - もじのすけ の文字ブログ

 

手書き文字にはハッキリとした

時間の流れと身体の動きが

あります。

 

例えば

芸術家の荒井美波さんは、

文豪などの手書き文字を

針金で表現しています。

 

感じ取り方は人によりますが、

私の場合は、

荒井さんの手書き文字の針金群を見て、

時間の流れと身体の動きを

感じ取っています。

 

荒井さんのご経歴、作品はこちら。

minamiarai.com

 

 

手書き文字の一画一画には、

時間の流れと身体の流れが

表れています。

 

そして、

活字の場合も、

1文字ずつキーボードなどで

打ち込みをしますので、

手書き文字ほど細やかではないものの

時間性・身体性があります。

 

このように、

手書き文字にも活字にも

時間性・身体性があります。

 

この

「文字の時間性・身体性」を

もう少し分析すると

次の概念が出てきます。

 

文字には、必ず

何も無い状態から

出現する瞬間がある。

 

これを

「文字の出現性」

と命名します。

 

そして、

文字には、必ず

出現させる人がいる。

 

これを

「文字の客体性」

とネーミングします。

 

「文字の客体性」を

手書き文字と活字に分けて説明すると

こうなります。

 

・手書き文字には

  1画1画「書く人」

 がいる。

 

・活字には

 1字1字「打つ人」

 がいる。

 

 

文字はある瞬間に出現する

 ・・・文字の出現性

文字には必ず出現させる人がいる

 ・・・文字の客体性

 

どうでしょうか。

 

「どれもこれも

 当たり前でしょう!」

と思われたかもしれません。

 

ですが、

とても大事なことなので、

ぜひ心に留めておいてください。

 

最後に、

すでに出てきた概念ですが、

大事なのでもう一度

ご紹介しましょう。

 

文字を

「書く」、「打つ」ときには

時間の流れがあります。

手書き文字なら1画1画の順で。

活字なら1字1字の順で。

 

これが

「文字の時間性」

です。

 

たとえば、

「できます。」と書くときに、

右から

「。」→「す」→「ま」→

 →「き」→「で」

の順に書く人はいないでしょう。

 

 

文字には必ず

「書く」人

「打つ」人がいる。

(「文字の出現性」・「客体性」)

 

文字には必ず

時間の流れが表れる。

(「文字の時間性」)

 

 

今後の話に出てくる

重要な概念ですので、

ぜひ覚えておいてください。

 

おつかれさまでした。

 

濃い話にお付き合いいただき

ありがとうございました。

 

 

 

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