もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

あの人の字をなぞってみた(2)

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【目次】

 

こんにちは。もじのすけです。

 

なぞってみたシリーズの第5弾です。

皆さんに考えてもらうため、

今回も、第4弾の

あの人の字をなぞってみた - もじのすけ の文字ブログ

と同じく、

有名人の名前は伏せています。

 

歴史好きの人には、

簡単かもしれません。

 

もしかすると、 

くずし字が多いので

読めないかもしれません。

 

がんばって当ててみてください。

 

正解を明らかにした後に、

なぞってみた感想を

お話ししたいと思います。

 

 

1 文字なぞり遊びのおさらい

 

毎度のことですが、一応文字なぞり遊びの

おさらいをしておきますね。

 

段取りは以下のとおり。

1 有名人の公開された手書き文字を

  紙にコピーする。

2 紙上の手書き文字をなぞる。

3 なぞってその人の性格を感じる。

以上終わり。

あっさりするほど簡単です。

 

 

2 文字なぞり遊びの注意点のおさらい

 

続いて、権利関係で

知っておくべきポイントは

以下のとおり。

 

公開された手書き文字と

それを載せている媒体

(出版物、HPなど)が、

適法に公開されたものであれば、

誰の手書き文字であっても

それを紙にコピー(複製)して、

自分でなぞって楽しむ限りでは、

著作権法上適法です

(私的使用のための複製

 著作権法30条)。

 

この結論だけは知っておいてください。

 

 

3 この書を書いた有名人は誰?

それでは、早速見てみましょう。

 

 3-1 問題

この書状を書いた有名人は

誰でしょうか? 

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(宛名、日付、署名は画像外)

 

検索に頼っちゃダメですよ。

グーグル先生に画像検索しても

ムダですからね(確認済み)。

 

ノーヒントで答えられた方、

勘が鋭いか、歴史好きですね。

 

 

 

 3-2 第1ヒント

前回とは違い、

今回は、親切にも

答えが本文に書いてあります。

ひらがなが多いですが、

男性です。

 

 

 

 

 3-3 第2ヒント

本文中に、関係者や本人の名前も

書いてあります。

 

 

 

 

 

 3-4 第3ヒント

全文を載せます。

署名、花押、年号のどれもヒントです。

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 3-5 最終ヒント

【もじのすけ勝手訳。誤訳御免】

この世は夢のようなものです。

〇〇(私)に道心を下さり、

私の来世以降を助けてください。

もう私は早く出家したいです。

道心を下さい。

私の今生の良い結果に代えて、

私の来世以降を助けてください。

今生の良い結果は直義に下さり、

直義が安穏でいられるよう

守ってください。

建武3年8月17日 〇〇(花押)

清水寺(に奉納)

 

直義さんのことをずいぶん

考えているようですね。

 

建武3年は南北朝の時代ですね。

 

どうでしょうか。

 

 

 

 

 

 

4 解答

 

答えは、

 

 

 

室町幕府初代将軍

足利尊氏

でした。

 

ちなみに本文中の「直義」は

弟の足利直義です。

 

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京都国立博物館所蔵 騎馬武者像)

今まで足利尊氏の絵といえば、

これが定番だったのですが・・・。

最近の説では、

この騎馬武者は足利尊氏ではない、

と言われているようですね。

家臣の高師直とも

言われていますが、

はっきりしません。

 

 

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5 なぞってみた

それでは、

足利尊氏の字をなぞってみた感想を

お話ししたいと思います。 

 

 5-1 全文・釈文・勝手訳

もう一度、

全文と釈文と勝手訳を示します。

くずし字が読みにくいですが、

釈文を見て音読しながら

シャーペンで

3回なぞってみました。

 

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「書の日本史〈第3巻〉鎌倉/南北朝」(今井庄次編)

平凡社 初版 昭和50年)P244、245

 

【もじのすけ勝手訳。誤訳御免】

この世は夢のようなものです。

尊氏に道心を下さり、

私の来世以降を助けてください。

もう私は早く出家したいです。

道心を下さい。

私の今生の良い結果に代えて、

私の来世以降を助けてください。

今生の良い結果は直義に下さり、

直義が安穏でいられるよう

守ってください。

建武3年8月17日 尊氏(花押)

清水寺(に奉納)

 

 

 5-2 柔らかい筆致 

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文章全体を見ると、

筆遣いが優しく、

どこにも力が入っていません。

やや力が入っている文字は

出だしの「この世ハ夢の」と

終わりの2回の「直義」くらい

でしょう。

 

あとはひたすら柔らかい文字です。

足利尊氏

とにかく優しいことがわかります。 

当時はどうかわかりませんが、

女性にモテそうですね。

 

名家の棟梁という立場も

影響したでしょうが、

それ以上に、

足利尊氏の優しい人柄ゆえに

当時の武士達からの

絶大な人気があったことが

筆跡からわかります。

 

 

 5-3 こだわりのなさ

なぞってみてわかったことは、

足利尊氏

「自分のことにこだわりがない」

ということです。

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「とくとんせい(遁世)したく候」

=「はやく出家したいです。」

と書いているのですが、

この一言の文字の筆運びが

やたらに滑らかなのです。

 

書き慣れているというか、

思ったとおりのことを

書いている雰囲気があります。

 

この点は見ているだけでは

気づきにくいです。

やはり

なぞらないと(笑)。

 

また、

本文2行目と5行目では、

「道心を下さい」

(出家するチャンスを下さい、

 という意味か?)と

同じことを二度も書いています。

論理的ではなく、

情緒的な人のようです。

 

この文書が書かれたのは、

建武3年8月17日です。

当時、足利尊氏後醍醐天皇

対立していました。

 

足利尊氏は、

この年の1月に、

京都から九州に逃れ、

4月に、

反転して、

九州から京都に向けて進軍。

 

5月に、

兵庫県湊川の戦い

新田義貞楠木正成連合軍を撃破。

楠木正成が戦死。

 

6月には、

比叡山延暦寺に立てこもった

後醍醐天皇側を攻撃し、

天皇に従っていた

千種忠顕名和長年が戦死。

(ちなみに比叡山の中腹に

 千種忠顕の顕彰碑があります。)

 

8月15日に、

足利尊氏は、後醍醐天皇に代わる、

持明院統光明天皇の擁立に成功。

足利側の勝利が確定的でした。

 

この文書は、

足利尊氏清水寺に出した願文で、

その二日後のものです。

(以上の経緯について

「書の日本史〈第3巻〉鎌倉/南北朝」(今井庄次編)

平凡社 初版 昭和50年)P244の

佐藤和彦氏の解説に依りました。)

 

そうすると、この願文の

「今生の」

「くわほう(果報)=良い結果」

とは、足利軍の勝利を

指すものと思われます。

 

足利尊氏は、政権を握った、

このような情勢の中で、

お寺の人以外には知られない願文を

清水寺に出しているのです。

 

出家したい、と繰り返し

書いているのは、

足利尊氏の本心でしょう。

尊氏には、偉そうにする素振りは

全く見られません。

 

一旦負けて西に逃れ、

西から攻め上って政権をとる、

というのは、

日本史上稀だと思います。

しかも

わずか数ヵ月で、となると、

いくら足利尊氏

名家の棟梁だとしても、

考えられないほどの難行です。

 

なぜ足利尊氏

それを成し遂げられたのか、

長年の個人的な疑問でした。

 

ですが、

この手書き文字をなぞって

ようやくわかりました。

 

尊氏のこの率直さ、

こだわりのなさが、

九州などで

熱狂的に受け入れられたのだ

と思います。 

 

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 5-4 愛情深さ

次に、

足利尊氏が書いた

自分の名前「尊氏」の字と

「直義」と書いた字を

見比べてください。

 

1行目「尊氏」

最後の署名「尊氏」です。

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次は

本文7行目「直義」

本文8行目「直義」です。

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どうでしょうか。

明らかに足利尊氏は、

自分の名前「尊氏」を

雑に書いています。

 

それなのに、

弟である「直義」の字は

丁寧に書いています。

 

 

しかも「直義」の「直」を

よく見てください!

 

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直の「目」の内部を

くるりん、

と回転させているのです。

奈良文化財研究所、東京大学史料編纂所

くずし字検索の

データベースで確認しても、

こんなにはっきりと

くるりん」したものは

ありませんでした。

 

確かめてみたい方はどうぞ。

http://r-jiten.nabunken.go.jp/kensaku.php

(奈良文化財研究所, 東京大学史料編纂所

 

この「くるりん」に

足利尊氏の、弟である足利直義への

強い愛情を感じます。

 

自分の名前を手抜きしても、

弟の名前を大事に書く。

弟最優先です。

しかも

大事に書きつつ「くるりん」を

使っているのです。

 

この「くるりん」は

なぞってみないと

気づきませんよ。

 

前にも述べましたが、

尊氏は、

お寺以外の人には知られない願文に

直義のことを書いています。

文の最後も直義のことを書いて

終わっています。

 

足利尊氏の何とも言えない

弟への愛情が感じられます。

後日、

自分がこの愛する弟を追い込むとは、

夢にも思っていなかった

ことでしょう。

 

客観的な情報を見れば、

尊氏には冷酷な面もあったようですが、

おそらく、その時その時の

自分の感情に

素直だったのでしょう。

 

足利尊氏は、

天然な性格

の感じがします。 

 

自分に素直に行動していたら、

知らないうちに人気が出て、

思っていた以上に

事態が自分に有利に動く。

 

周りの人が自分に振り回され

時に不幸になっていく。

 

その周りの状況変化に

尊氏自身が戸惑っている。

 

でも自分の気持ちに素直な行動は

自分でも止められない。

 

今回の足利尊氏の願文をなぞってみて

そんな感じがしました。

 

尊氏の客観的な行動からすると、

計算高い人物であった可能性も

あります。

 

しかし、

この願文の筆跡と滑らかさからは

作為的なものは感じられません。

 

足利尊氏の詳しい業績については、

ここでは特に書きません。 

なぞってみてから調べてみると

想像しやすいかもしれませんね。 

 

最近の本だと

やはり亀田俊和先生の

観応の擾乱|新書|中央公論新社

がおススメです。

 

6 文字なぞりへのお誘い

 

みなさんも、見るだけでなく

是非なぞってみてください。

なぞってみると、

今までお話しした尊氏像とは別の、

皆さんならではの尊氏像が

浮かび上がるかもしれませんよ。

 

少なくとも

足利尊氏の文書を見たときに

直筆かどうかは、

ピンとくるようになります。

 

歴史上の人物が、

単なる情報ではなく、

生身の人物として

迫ってくる。

 

文字なぞりには

そんな醍醐味があります。

 

 

 

今回はこれにておしまいです。

おつかれさまでした。

 

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