もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

平澤興の書き込みをなぞってみた

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【目次】

 

(冒頭の作品)

Key

Date:15th century
Culture:German
Medium:Iron
Dimensions:Overall: 2 5/8 x 13/16 x 3/8 in. (6.7 x 2.1 x 1 cm)
Classification:Metalwork-Iron
Credit Line:Gift of Henry G. Marquand, 1887

Key | German | The Met

 

 

 

 

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もじのすけです。

 

1 今回は「書き込みなぞり」

 

今回は、

「文字なぞり」ではなく、

「書き込みなぞり」で

遊ぼうと思います。

 

みなさんは

本に書き込みをしながら

読んだことはありますか。

 

今回は、

紙の本に書き込まれた線を

なぞってみようという記事です。

 

 

 

 

今回の対象となる書き手を

独断と偏見で選びました。

(いつものことですが)

 

 

平澤興(ひらさわ こう)先生です。

 

 

尊敬する人は誰ですか、と聞かれたら

私の場合はこの方だと答えています。

 

著名人であることから

タイトルでは大変失礼ながら

呼び捨てにしています。

 

ですが、

私たちとほぼ同時代の方ですし、

呼び捨てするには

あまりに抵抗感があるので、

文中では平澤興先生と表記します。

 

「ひらさわこう?誰?」

という方も多いかと思います。

まずは、公開情報から

経歴などをご紹介します。

 

 

 

2 平澤興先生の経歴

 

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    平澤興先生

京都大学HP 歴代総長 — 京都大学 より。

 

 

まずは、ウィキペディアから。

 

平澤興 - Wikipedia

平澤 興(ひらさわ こう、1900年(明治33年)10月5日 - 1989年(平成元年)6月17日)は、日本の医学者新潟県出身。専門は脳神経解剖学京都大学教授、京都大学第16代総長などを務めた

 

平澤興先生は京都大学の総長でした。

 

経歴
1900年(明治33年)新潟県西蒲原郡七穂村(のち味方村、現新潟市南区)に生まれる。幼時より医師になることを志し、地元の小学校を卒業した後父の居た京都に出て中学時代を過ごす。金沢の第四高等学校(金沢大学の前身)、京都帝国大学医学部を経て、1924年大正13年京都帝国大学医学部解剖学教室の助手となる。翌年同学部助教授。1926年(大正15年)新潟医科大学新潟大学医学部の前身)助教授。1928年(昭和3年)より文部省の海外留学生としてスイス・ドイツ等に留学の後、1930年(昭和5年)同大学教授となる。

翌年、日本人腕神経叢の研究により医学博士号を得る。1946年(昭和21年)京都帝国大学教授。

京大において、1948年(昭和23年)から附属医学専門部長、1949年(昭和24年)から教養部長、1956年(昭和31年)より医学部長など役職を歴任、1957年(昭和32年)からは京都大学総長を2期6年間務める。

1963年(昭和38年)京都大学総長を退官し同大学名誉教授。その後も京都市民病院院長、京都芸術短期大学学長など数多くの公職を歴任した1989年6月17日、心不全のため京都市内で歿。

神経系、特に中枢神経系に関する研究に従事。 専門の解剖学に関わる著書・論文の他にも、一般向けの医学解説書や随筆なども多く執筆した。浄土真宗の篤い信徒であり、仏教系の出版社から刊行された随想集なども多い。

出身地である旧味方村から名誉村民の称号が贈られている。現在新潟市南区味方には同じく名誉村民の曽我量深と平澤興を顕彰する「曽我・平澤記念館」が建てられている。

 

平澤興先生は、

要職を歴任されました。

 

京都大学の総長を退官後は、

京都にある家庭教育の出版社

「新学社」の

第二代総裁にも就任されました。

 

新学社は、

「ポピー」の名前で小学校の副教材を

販売している出版会社です。

 

40歳代以上の人は

「ポピー」と言えば、

聞いたことがある人が

多いのではないでしょうか。

 

知る人ぞ知る、

思想家・昭和の文芸評論の巨人、

保田與重郎

 

新学社は、

そのお弟子さん達が集まって

作った会社でもあります。

 

新学社にゆかりのある人物は、

佐藤春夫(詩人・作家)

保田與重郎(思想家・文芸評論家)

平澤興(医学者)

河合寛次郎(陶芸家)

棟方志功(版画家)

と、そうそうたる顔ぶれです。

 

それぞれの方の紹介はこちらです。

会社案内 文化事業紹介 | 新学社

 

平澤興先生も偉人の1人です。

 

 

 

3 平澤興先生の人となり

 

平澤興先生の人となりを表す

エピソードや言葉はいくつもありますが、

1つだけご紹介します。

 

平澤興先生の書籍を

数多く出版している出版社は

致知出版社(旧竹井出版社)。

 

致知出版のフェイスブックページには

平澤興先生の人となりを表す

インタビューが掲載されています。

「愚かさは力なり」 平澤興

 

2011年5月5日の掲載記事で

1985年に行われた

インタビューの様子を

引用させていただきます。

 

「愚かさは力なり」 平澤興

2011年5月5日 8:00

 

人間学を学ぶ月刊誌『致知』から

そのエッセンスの一部をご紹介しています。

   

(もじのすけ註:略)

   

第3回目は、日本の神経解剖学に大きな足跡を残し、

京大総長を務めた平澤興(こう)氏──。

 

致知ゆかりの哲人シリーズは本日で終了し、

 明日からは「GWに読みたい随想ベスト3」を

ご紹介します。どうぞお楽しみに。


──────────────────


    「愚かさは力なり」

 

 平澤興(京都大学元総長)


 『致知』1985年12月号

 

──────────────────


生きるとは、情熱をもって燃えることだと思います。

燃える心を忘れているような生き方は、

気の毒な生き方ではないでしょうか。

 

(インタビュアー:

 “人を燃やし、喜びを与えていくことが最高の生き方であります”

 と先生は言っておられる)

 

だろうと思います。

しかし、なかなか、こちらの気持ちが

そのまま通るというのは、いつでもではないな。

やはり、それだけのものがお互いにないとね。


それと、賢いと燃ゆることができないですね。

燃ゆるためには愚かさがいる。

愚かさは力です。

 

(インタビュアー:愚かさは力ですか)

 

それは、私は40年間、大学にいて、そう思います。


だから、優等生もいいけどね。

優等生のやり得る仕事は大抵、型が決まっている。

本当に世の中に大きな光を与えるのは、

必ずしも、いわゆる優等生だけではない。


部長とか課長とか、そんなところに

さっとなるのは優等生が多いようですが、

日本の将来に大きな変化を与えて、

自ら進むべき道を断固として守っていくというようなのは、

むしろ優等生でない方に多いくらいです。


だから、やっぱり、ある意味では愚かさね。

損とか得なんていうことは考えないで、ひたむきに行く人ですね。

 

(インタビュアー:

 そういえば、器用な人ではだめだといわれていますね)

 

あぁ、これは本当にそうです。


私の友達の青柳安誠。

京大の外科部医で、外科では日本一の人です。

この人がいってましたが、

仕事は祈りである、と。

執刀する瞬間、祈るんですね。


最善を尽くすだけじゃ、まだ足らないんで、

どうぞ、この手術がうまくいきますようにと、祈る。

これはやっぱり、すごいと思います。


この男が、

「器用な人では外科の名人にはなれん」といっていました。


それはね、いろんな外科の方式がある。

長い歴史を通してね。

人によっては、血管の走り方が違ったり、

神経の走り方が違ったりしている人がある。


そういう場合までも考えて、

間違いを起こさないようにというのが、

長い伝統の手術だそうです。

 

ところが、器用な人がやるとね、目先だけでさっとやる。


一見誠に器用だが、時に思わぬ間違いを起こす。

何分間で盲腸の手術をしたなんていうのは、

これは愚かなことで、そういう医者は

もう本当の意味で一人前の医者ではないと思う。


誰がやってもできるようなことにも、

なお祈りをこめて、

百やれば百、絶対に間違いを起こさんという、

これが真の名人だ、と。


私もそうだと思います。

 

新聞、雑誌などをみてると、

世の中は悪人ばかりのような気がするが、

にもかかわらず、世の中が何となしに前へ行ってるのは、

世間でいうほどは悪人ばかりでなく、

いい人が案外多いということじゃないかと思ったりしています。


普通、みえないところで、

いいことをしている人が多いのですね。


だから、社会はいわゆる有名人に支えられておるよりも、

むしろそういう人たちに支えられておるのではないでしょうか。

 

 


※『致知』には毎号、あなたの人間力アップに役立つ記事が満載です。

 

(もじのすけ註:以下略)

 

 

 

「生きるとは、情熱をもって燃えること」

「愚かさは力」

「仕事は祈りである」 

 

いつ見ても言葉が深い。

 

私も器用ではないので、

これらの言葉にホッとするとともに

自分の情熱が

焚きつけられる感じがします。

 

 

  

4 書き込みなぞり遊び

 

書き込みなぞり遊びに入る前に、 

一応遊びの

おさらいをしておきますね。

 

段取りは以下のとおり。

1 書き込みを紙にコピーする。

2 紙上の手書き文字をなぞる。

3 なぞってその人の思いを感じる。

以上終わり。

あっさりするほど簡単です。

 

抵抗感のある方は、

なぞる必要はありません。

見るだけでも

感じるものがあると思います。 

 

 

5 なぞり遊びの注意点


続いて、権利関係で

知っておくべきポイントは

以下のとおり。

 

公開された手書き文字と

それを載せている媒体

(出版物、HPなど)が

適法に公開されたものであれば、

誰の手書き文字であっても

それを紙にコピー(複製)して、

自分でなぞって楽しむ限りでは、

著作権法上適法です

(私的使用のための複製

 著作権法30条)。

 

また、みなさんが個人的にもっている

他人の手書き文字が書かれたものが

非公開のものであっても、

それを紙にコピー(複製)して、

自分でなぞって楽しむのは、

著作権法上適法です

(私的使用のための複製

 著作権法30条)。

 

この結論だけは知っておいてください。

 

 

6 「現代の覚者たち」をなぞってみた

 

今回なぞらせてもらったのは、

致知選書「現代の覚者たち」です。

 

致知出版社HPでの説明はこちら。

現代の覚者たち | 森信三,平澤興,関牧翁,鈴木鎮一,三宅廉,坂村真民,松野幸吉 | 致知出版社 オンラインショップ

不易の真理に到達した現代の覚者7人の教え

内容紹介
本書に登場する7人の方々は、いずれもマスコミに喧伝されることがなく、また自らもめったに登場されない方々ばかりである。
しかし、それぞれに地方に根ざし、その分野で自らの目指す仕事を通し頂点を極めている。
その<哲学>ともいうべき、不易な真理に到達した一語一語は一様に味わい深く、人生の示唆に富んで興味が尽きない。
登場者は、森信三(哲学者)、鈴木鎮一(才能教育研究会会長)、三宅廉(パルモア病院院長)、坂村真民(仏教詩人)、関牧翁(天龍寺管長)、松野幸吉(日本ビクター相談役)、平澤興(京都大学元総長)の7人である。

 

ごらんのとおり

平澤興先生も共著者の1人です。

 

もじのすけが

なぜこの本を選んだか。

 

それは、もじのすけが

この本の初版(昭和63年)を

所蔵しているからです。

 

しかも

ただの初版本ではありません。

 

この初版本は、

もじのすけの父が、

平澤興先生ご自身から

いただいたものなのです。

 

そして、もじのすけが父から

譲ってもらったのです。

 

その本には、なんと

平澤興先生ご自身の書き込み線が

鉛筆で引かれているのです!

 

「現代の覚者たち」は

タイトルにふさわしい

まさに現代の偉人たちへの

インタビューが並んでいます。

 

書き込み線の部分を読み解くと、

当時50代の

サラリーマン管理職であった

もじのすけ父のために

平澤興先生が、わざわざ

重要な部分をセレクトして、

下さったようです。

 

もじのすけ父向けに

カスタマイズされてはいますが、 

現代の偉人である平澤興先生が

自分以外の現代の偉人たちの、

どのようなことばに

興味を持っていたのか。

 

これってすごく気になりませんか?

 

私にとって、

その書き込み線は、見るだけで

情報に満ち満ちて神々しいです。

 

平澤興先生を偉人として

遠ざけるのではなく、

私たちと同じ生身の人間として

感じられた思いに近づき、

みなさんにご紹介するために、

その一部を今回なぞってみました。

 

 

 

7 なぞってみた

 

それでは見てみましょう。

 

 7-1 日常の雑事雑用をどうするか

 

森信三先生と

インタビュワーのやりとり

(若干斜めになってます。)

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スラッと力を抜きながら

線が引かれています。

まさに

「要領よくさばいていく」

という感じがします。

 

よく見ると

「いかに」と「巧みに」の間で

線の濃さの強弱があり、

いったん休憩が入っています。

 

「日常の雑事雑用をいかに」

(休憩)

「巧みに要領よくさばいていくか」

 

音読するとわかりますが、

平澤興先生の一呼吸が

結構長いことがわかります。 

 

落ち着いているのでしょうね。

 

 

 7-2 「ハイ」で我を捨てる

 

次を見てみましょう。

同じく森信三先生の言葉。

 

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森信三先生のお名前に

強く太いマルをつけています。 

 

平澤興先生は、

「ハイ」への向き合い方に

強く共感されたようです。

 

「ハイ」で

「我」や張りを投げ捨てる。

一言。文字にして、わずか二文字。

 

その大切さを説く

森信三先生。

 

その森先生の発言を

全面的に肯定する平澤興先生。

 

両偉人が並んで

こちらに語りかけてくるようです。

 

 

 

 7-3 朝から夜まで「立腰」

 

続いては、

姿勢についてのやりとり。

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1行目の「の学問の根底」のところに

うっすらと線が付いていて

その下の「立腰」が

力強く囲われています。

またその後の説明にも

線を引いています。

 

平澤興先生が医師らしく、

身体の姿勢に興味を

持たれたことがわかります。

 

 

「立腰」の前の 

「の学問の根底」のところから

すでに線を引こうとしているので、

かなり前のめりで線を引いたようです。

強い興味が示されています。

 

 7-4 仕事は祈り

 

長くなりますので、

最後に、これを。

 

平澤興先生は、

自分の発言でも重要な部分には

線を引いておられます。

 

実は、

先ほどの致知出版社

フェイスブック投稿の該当部分です。

 

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「仕事は祈りである」

この言葉の右側に線が。

上半分は二重になっています。

 

 

単なる1本線では足りない

という意識でしょうか。

青柳安誠医師の名前と

つなげるようにスタートし、

一旦上に上げた後、

「仕事は祈りである」の右側に

迷いなくスッと線を下ろしています。

 

よく見ると

「仕事は祈り」までが濃い。

 

「仕事は祈り」

平澤興先生が考えるエッセンスは

これでしょう。

 

活字だけからは

このような微妙なニュアンスは

決して読み取れません。

 

特に電子媒体上の活字の場合は

なおさらです。

 

もう一度、

「3 平澤興先生の人となり」で

引用した

致知出版社Facebookページの記事の

同じ文章を再掲します。

 

受け取る印象が違うかどうか

感じ取ってみてください。

 

(インタビュアー:

 そういえば、器用な人ではだめだといわれていますね)

 

あぁ、これは本当にそうです。


私の友達の青柳安誠。

京大の外科部医で、外科では日本一の人です。

この人がいってましたが、

仕事は祈りである、と。

執刀する瞬間、祈るんですね。


最善を尽くすだけじゃ、まだ足らないんで、

どうぞ、この手術がうまくいきますようにと、祈る。

これはやっぱり、すごいと思います。

 

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8 活字と書き込みのコラボ

 

おつかれさまでした。

 

平澤興先生について熱く語った分

長くなってしまいました。

 

今回検討した本では、

森信三先生とインタビュワー、

平澤興先生とインワビュワー、

という2人のやりとりに、

書き込み者としての平澤興先生が参加し

味わいが出ています。

 

もじのすけとしては、

自分が

「師匠の手さばきを

 食い入るように見つめて

 技を盗もうとする弟子」

になったような気がしました。

 

 

 

なぜ、今回の記事では、

手書き文字ではなく、

書き込み線をなぞってみたのか。

 

それは、

活字と書き込みをコラボさせると

違う性質の情報が混ざり合い、

情報量が豊かになる、ということを

伝えたかったからです。

 

 

書き込みのある本には

情報量が満ち満ちています。

 

今回書き込まれたのは

手書き文字ではなく、

ただの線です。

それなのに、

線が書き込まれた本は、

これまでになかった

多彩な表情を見せました。

 

 

手書き文字の書き込みが

さらに存在していたら、

情報量は飛躍的に

増えることでしょう。

 

本に書き込んだ人の個性と

本の活字の文章の主体の個性が

書き込みによって混じり合うと、

とても情報量の多い本が

できあがります。

 

書いた人と書き込んだ人の

味のあるコラボレーション。

これを電子書籍では

再現できるでしょうか。

 

みなさんはどう思われますか。

 

理論的には可能ですが、

電子書籍では

ちょっと難しいかもしれません。

 

電子書籍への書き込みは、

書き込みにリアリティが

感じられないからだと思います。

 

なぜ電子書籍への書き込みに

リアリティが感じられないのか。

 

「本は文字の位置が固定している。」

これに対して

電子書籍では行数、桁数が変動し、

 文字の位置が固定しない。」

という媒体ごとの性質が

大きく影響しているように思います。

 

このあたりは、

別の機会に検討したいと思います。

 

それでは、おつかれさまでした。

 

 

  

 

桐蒔絵竹細工色紙箱
Basketry Box for Square Calligraphy Paper (Shikishibako) with Paulownia

Period:Edo period (1615–1868)
Date:early 17th century
Culture:Japan
Medium:Lacquered bamboo basketry with gold hiramaki-e

 

Basketry Box for Square Calligraphy Paper (Shikishibako) with Paulownia | Japan | Edo period (1615–1868) | The Met

 

 

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 上杉謙信の手書き文字から作った

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 http://mojinosuke.hatenablog.com/entry/2017/04/06/130000

 

  

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