もじのすけ の文字ブログ

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文字について考えたことをつづっています

文字と媒体の関係 (3)③活字の表示の電子媒体

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【目次】

 

(冒頭の作品) 

Moriz Jung | Telephone Conversation (Telefonisch Es Gespräch) | The Met

Telephone Conversation (Telefonisch Es Gespräch)

Artist:Moriz Jung (Austrian (born Czechoslovakia) Moravia 1885–1915 Manilowa (Carpathians))
Publisher:Wiener Werkstätte
Date:1907

 

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もじのすけです。

 

 

1 はじめに

 

今回は

「文字と媒体の関係」シリーズの

第5回目です。

 

前回の記事はこちら。

 

mojinosuke.hatenablog.com

 

 

 

 

これまでのシリーズ記事を

読まれている方にはくどいですが、

初めて読まれた方に一応のご注意を。

 

第5回目の記事なのに

今回のタイトル番号が

(3)③になっているのは

けっして間違いではありません。

 

このシリーズのこれまでの話題は、

(1)①手書き文字の紙

(1)②手書き文字の紙の写し

(3)①活字が直接印字された紙

(3)②活字の紙の写し

でした。

 

今回は

(3)③活字の表示の電子媒体

です。

 

これらは

今後の分類のための記号として

使っています。

 

このシリーズに読み続けた方なら

お気づきのように、

この分類番号が

意味をもってきています。

 

この

「文字と媒体の関係」シリーズですが

定期更新記事のときもあれば、

不定期更新記事のときもあります。

  

長いシリーズになると思います。

1回1回の記事は

なるべく短くしようと思います。

 

適当なタイミングで

記事同士の関係図を作ろうと思います。

 

それではさっそく始めましょう。

 

 

 

 

2 活字の表示の電子媒体

 

みなさんは、自分の身の周りで、

「活字が表示された電子媒体」

といえば、

どんな物を想像しますか?

 

おそらく、「電子媒体」といえば

スマホタブレット、パソコン

ではないでしょうか。

 

それでは、みなさんが

電子媒体に活字が表示されているのを

見るのはどんなときでしょうか。

 

 

私の場合は、

たとえば・・・。

 

今まさにそうなのですが、

パソコンのモニターの画面で

ブログを書いているときです。

 

他には、

メール、ネットニュース、

ホームページ、ツイッター

Facebook、LINE、電子書籍を見たり、

何かを入力しているときです。

 

あとは

ワード、エクセル、パワポ

文書を作っているときも。

 

 

みなさんも

この記事を読んでいるということは、

電子媒体を使っているでしょうから、

こんな感じではないでしょうか。

 

 

 

3 電子媒体上の活字が流通した時期 

 

本題に入る前に

まずは用語の使い方から。

 

媒体ベースのタイトルの 

「活字の表示の電子媒体」というと

ちょっとなじみにくいでしょう。

 

そこで

みなさんがイメージしやすいであろう

「電子媒体上の活字」

という呼び方をします。

 

厳密には

「活字の表示の電子媒体」と

「電子媒体上の活字」は

違いますが、

同じ場合のことを指している

と思って下さい。

 

大まかな話ですが、

媒体にこだわるときは、

「活字の表示の電子媒体」とします

 

活字、手書き文字といった

文字の分類に関わるときは

「電子媒体上の活字」とします。

 

 

それでは本題に入りましょう。

 

電子媒体上の活字が

流通しだしたのは

いつごろからでしょうか。

 

ここでいう活字は、みなさんが

普段使っている言語としてみる

活字を想定しています。

プログラム言語のアルファベットは

一応話題に入れないことにします。

 

 

実は、電子媒体上の活字の流通は

ワープロとパソコンと

インターネット環境の

発達の歴史に連動しています。

 

 

パソコンやネットに詳しくなかった

私や姉の個人的な経験をからめて

お話ししましょう。

 

 

4 姉のワープロ

 

今では、ワープロというと

Wordのようにパソコンを使って、

しかも印刷したり、

ネットにつないで送ることを

想定していると思います。

 

ですが、

私が小学生のころは

パソコンとは別に

ワープロ」がありました。

 

当時大学生だった姉がレポートを

ワープロで作成していたのを

覚えています。

 

ワープロで作成した文書は

フロッピーディスク

保存していました。

 

もちろん

その「ワープロ」は

インターネットに

つながっていませんでした。

 

私の経験では、

記憶媒体

・磁気録音テープ

 (カセットテープ)

フロッピーディスク

・CD、MD(ミニディスク)

・DVD、ブルーレイ

の順番で進化したように思います。

 

記憶媒体の進化と同時に、

パソコン側の進化、

ネット環境の進化もありました。

 

 

 

 

 

5 MSX

 

私は中学生の時(1990年頃)に

MSXというパソコン

(厳密にはMSX2+というもの)

を買ってもらいました。

 

 

MSX - Wikipedia

MSXの特徴
MSXは「子供に買い与えられる安価なパーソナルコンピューター」「コンピューターの学習に繋げられるコンピューターの入門機」として[8]設計された。

 

こんな感じの物をテレビにつなぎます。

以下の画像はいずれも

Wikipediaの「MSX」のものです。

 

 

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上部の長方形部分を見てください。

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この上部の長方形の部分は、

ふたを開けて

ファミコンカセットのような

ゲームソフトなどを入れる

ROM部分です。

これは記憶媒体と言うより、

入力端子です。

 

 

MSX上部の右側を見てください。

 

 

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フロッピーディスクを入れる部分です。

このように、MSXの側面には

フロッピーディスクを入れる部分が

ありました。

 

私は

このフロッピーディスクをつかって

文書を作っていました。

 

プリンタもなく、

つらつらと書いてみました。

ですが・・・、

 

すぐに飽きました。

 

 

せっかくなのでキーボードを使って

プログラミングを

やってみようかと思いましたが、

難しそうだったので止めました。

 

パソコンに詳しい先輩から

あやしげな成果物を

いただくばかりでした。

 

 

ほとんど文章を作ったことはなく、

ほぼゲーム機としてしか

使っていませんでした。

 

このMSXでは

電話回線につないで、

パソコン通信をすることも可能でした。

 

ですが、当時は、

パソコン通信にかかる電話料金が

あまりに高額だったので、

怖すぎて

パソコン通信は使いませんでした。

 

ということで、せっかく

パソコンを買ってもらったのに

キーボードは

あまり使いませんでした・・・。

 

とはいえ

自分の打った活字がモニターに映る

という意味では、

私の人生の中では

中学生の時(1980年代後半)が

「電子媒体上の活字」との

付き合いの始まり

でした。

 

 

 

6 私のワープロ・メール

 

その後、私が大学生になったときに

レポート用にワープロを買いました。

パソコンではありませんでした。

 

姉のときと同様、記憶媒体

フロッピーディスク(FD)でした。

 

 

レポートをプリンタで出力して、

文書として使っていました。

 

インクテープ

(今のインクカートリッジ

 みたいなもの)が高いので、

1部プリント+残りはそのコピー

としていました。

 

そのころには、

だんだんネットが発達しはじめ、

大学の図書館にも

ネットにつながるパソコンが

並ぶようになりました。

 

蔵書検索用でしたが、

普通にネットにつながっていたため、

検索以外に長時間使う人が

いたのを覚えています。

 

大学側としては、

回転率をよくするために

いすを設置せず、

スタンディングデスクに

していました。

 

ですが、無料なので、

長時間使う人たちが根気よく立って

ネットサーフィンをしていました。

 

こうなると検索は不可能です。

 

「スタンディングネカフェ」状態

でした。

 

その様子のイメージするなら

下の記事のサムネイル画像です。

(手は挙げていませんでした。)

natalie.mu

 

 

その後

だんだんメールも発達し、

大学生の時にメールアドレスを

もらえるようになりました。

 

大学のパソコンも大量に

導入され、稼働し始めました。

私のように

気軽に通信できるパソコンを

持っていない人でも

連絡にメールを使うようになりました。

 

ということで、

私にとって

1990年代、つまり

大学のパソコンで活字を打って

メールを使った時代

が、本格的な「電子媒体上の活字」との

付き合いが始まった時期です。

 

 

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Charles Moussette | [Spiral of Lightning in a Thunderstorm] | The Met

[Spiral of Lightning in a Thunderstorm]

Artist:Charles Moussette (French, active 1880s)
Date:May 12, 1886
Medium:Albumen silver print from glass negative

 

 

 

 

7 PC・ネットの発達

 

つらつらと書きましたが、 

パソコンに詳しくない人間としての

個人的な印象は以下のような感じです。

 

1980年代後半にワープロがあった。 

1990年頃から

ウィンドウズが広がり、

ネットやパソコンが

普通の人に普及し始めた。

 

 

私の個人的な印象はこんな感じです。

個人の体験談は

これぐらいにしておきます。 

 

 

それでは 、

ワープロ、パソコン、ネットの

一般的な歴史は

どうだったのでしょうか。

 

私の偏見が入っていない

世の中の大きな流れで

サラッと見てみたいと思います。

 

まず、ワープロの歴史について

Wikipediaで見てみましょう。

 

ワードプロセッサ - Wikipedia

1977年、シャープが試作機を開発、5月のビジネスシヨウに出品した[1][2]。なお、後に商品化したモデル(WD-3000)ではかな漢字変換は実装されていなかった。

 

1978年、東芝が初の日本語ワードプロセッサJW-10を発表した[3]。これはワープロ専用機で、価格は630万円であった。

初の日本語ワープロ東芝 JW-10東芝科学館に展示)

 

 

 

 

 

 

 

 

ふむふむ。1980年より前に

すでにワープロ

生まれていたのですね。

 

それからどうなったのか。 

 1980年より電機メーカー、事務機メーカーなどが次々と日本語ワープロ市場に参入し、競争により価格も下がり、大手企業への導入が進んだ。1980年には平均単価200万円だったワープロの価格は、1985年には16.4万円と劇的に下がった。1980年代後半には、ワープロ専用機は、持ち運びが可能な大きさまで小型化されたパーソナルワープロとして、中小企業や個人への導入が始まった

 

なるほど。

1980年代にワープロが普及した

といってよさそうですね。 

 

私の個人的な記憶と合っています。

 

 

 

次に

パソコン通信の歴史を見てみましょう。 

いつから始まったのでしょうか。

 

パソコン通信 - Wikipedia

1980年代半ばにアスキーネット、PC-VANなどの大手業者が商用サービスに参入、通信ソフトの普及と共に安価な2400bpsモデムが発売されるなど1990年代にかけて大手、草の根BBSとも加入者が増加していき、『電脳辞典 1990's』によれば、1989年末頃には商用大手9社の加入者数が20万人台、草の根ネットは24時間運営局だけでも300局以上、といった規模となる

 

1994年頃から、世界規模の通信網であるインターネットへの一般個人からの接続環境が整備され始め、翌1995年Windows 95の登場により、インターネット接続機能が標準で組み込まれ、接続の設定が容易になった。 

 

どうやら

パソコン通信

1980年代に普及し始めたようです。

その当時中学生だった私は、

おサイフ的にも技術的にも

使えませんでしたが。

 

 

それでは 

マイクロソフト

ウィンドウズの歴史は

どうなっているでしょうか。

 

Microsoft Windows - Wikipedia

 その歴史の項を見てみると

https://ja.wikipedia.org/wiki/Microsoft_Windows#.E6.AD.B4.E5.8F.B2

1990年に発売されたWindows 3.0は、操作感の改良やタスク管理、メモリ管理など、各種機能が網羅的に強化された。日本では、当時のDOS/Vの流行とともにその事実上の後継であるWindows 3.1が爆発的に売れるようになった。

1995年秋にWindows 95が発売され、世界的なヒット商品となった。

 

ネット環境は、1990年代に

パソコンに興味の無い人にも

普及し始めた

ということですね。

 

私の個人的な記憶とも合っています。

 

 

最後に

ワープロソフトはどうでしょうか。

 

ワープロソフト - Wikipedia

日本では1979年に、Apple II九十九電機が独自のカナROMを搭載させたローマ字カナ変換ソフト(カセットテープ媒体)付きのモデルが発売された(なお、ソフトとROMの単独販売もApple IIユーザー向けに、この時行われている)。

1983年にはPC-9801用の松や、一太郎の前身であるPC-100用のJS-WORDが登場した。松と一太郎はそれぞれベストセラーとなった。また同名のワープロ専用機の操作性を引き継いで親指シフトキーボードもサポートしたOASYSも根強い支持があった。

1990年代にはMicrosoft Windowsが普及し、ワープロソフトもWindows版が主力となった。 

 

 

ワープロソフトの一般への普及も

やはり1990年代のようです。

 

 

まとめると、

 

ワープロは1980年代から

パソコン、ネットは、

1990年代から発達した

 

ということですね。 

 

 

とくに、電子媒体が

ネットにつながっていることを

前提にすると、

電子媒体上の活字は

1990年代に

本格的に流通した

といってよいでしょう。

 

 

 

8 まとめ

 

これまでの話を図にすると

こんな感じになります。

 

矢印は、

矢印の先の媒体が

新しく、そして本格的に

流通するようになったことを

示しています。

 

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この話の続きは

(1)③手書き文字の表示の電子媒体 

です。

 

おつかれさまでした。

 

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Utagawa Yoshiharu | The Plum Blossom that Flew on Lightning from Chikushino | Japan | Edo period (1615–1868) | The Met

大坂下り早竹虎吉
The Plum Blossom that Flew on Lightning from Chikushino

Artist:Utagawa Yoshiharu (Japanese, 1828–1888)
Period:Edo period (1615–1868)
Date:1857
Culture:Japan

 

 

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